トワノクウ
第三十夜 冬ざれ木立(一)
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《・》とになっている|当代の〈銀朱〉だ。
そして、梵天にしてみれば「友」と呼べる数少ない存在でもある。
「慎重に慎重を重ねたと言ってくれ。〈銀朱〉に指名されてから、 君は潔斎のために表の世から姿を消して籠ってしまったんだ。社の修繕が終わるまでずっとね。ようやくの接触の機会を安全なものに、というのは至って順当な配慮じゃないか。それとも就任式の前に結界を壊してほしかったかい?」
「私は一向に構いませんよ。騒ぎに乗じて脱走しますから。今度はそうですね……二度と見つからないように、海の向こうの国にでも逃げますか」
やりかねない。幻惑の小妖怪を使ってまでして呼び出して正解だった。天座の主が坂守神社の安全を心配するというのも妙な話だが。
「また君の巫女装束を見ることになるとは思わなかったよ」
「私だって今もって実感がありませんよ。忌々しい心地はしてますけどね」
「その科白、そっくりそのまま鶴梅に聞かせてやりたいね」
「言ったら殺します」
皮肉を混ぜるのも忘れた刺々しいだけの言葉。
(ずいぶん荒れている)
かけがえのない妻を奪った人間≠守るのは、彼にとって屈辱に違いない。
人間の悪性から何もかもを奪われた彼自身が、悪性の守護者の名を再び継ぐなど、皮肉を超えて残酷だった。
「さて。君はまた〈銀朱〉になったわけだけど、前のようにそう呼ばれたい?」
「呼ばないでください。たとえ他ならない貴方の口からでも、今はその名は憎い。――きっと私はもう、誰にもその名を呼ばれることも許せない。この場にいない鶴梅にすら、呼ばせたくないんです」
野に下る彼に「『銀朱』と呼ぶのをやめようか」と梵天が提案しても、「〈銀朱〉だったから貴方と会えたんです」と鮮やかに辞退したというのに。
(何て脆い生き物だ)
――喪失とは、人をここまで変貌させる。
「じゃあどう呼ぼうか」
「菖蒲、で構いません。それ以外に思いつきませんから」
それで、と面を上げた菖蒲は、すでに私情を隠していた。
「天座の主が比良坂の杜くんだりまで、わざわざ世間話をしに来たわけではないでしょう。何の用です」
「本当に性急になったね、君は。前はこちらが本題を忘れかねないくらいに話し込ませたくせに」
「――、帰りますよ」
菖蒲は本当に踵を返した。
「菖蒲。今になって〈銀朱〉に戻されたのは何故だと思う?」
菖蒲は訝しげに梵天を顧みた。
「……居場所そのものは把握されていたんです。今年まで泳がされていただけ、欠員が出たから私で補充しただけ」
「それも正しいが、完璧な解答じゃない」
「では貴方は何を掴んでいると?」
「夜行が出たのは知っているね。
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