トワノクウ
第二十九夜 巡らせ文(三)
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見聞きした今なら。
「人と妖は争うものです。憎み合うものです。その構造は変えられません。でも、だからって、構造の中で、その奥様が犠牲になったのを、朽葉さんが悲しんじゃいけないなんて、ないです」
朽葉の手が、弱く、くうの腕を握った。
「そう、か。悲しいんだな、私は」
くうは朽葉をより強く抱き締めた。
「別れてから六年だ。――涙も出ない私は、薄情だ」
それでもあなたの心は泣くのでしょう?
流す涙をぬぐえないなら、せめて悲しむ心に寄り添いたかった。
「ありがとう。もういいぞ」
そっと離れる。朽葉は弱々しくだが微笑んでいた。
「横道に逸れてしまったな。続きを話してくれるか」
続き――薫との和解はともかく、潤の死については。何度も言葉を詰まらせた。
「今なら朽葉さんの気持ち、分かります」
ずっとひとりでいきていく――と、決意させるほど、己の中で愛するひとの存在が大きくなっていたと知る、その、深い哀しみ。
「好きだったんだな、潤朱が」
言葉にならなくて、肯く。
中原潤。潤は……
名を思い浮かべるだけしかできなくなっている。くうにとって潤がどんな存在だったかさえ、言葉にするには息が止まる。
出ない声の代わりに、くうは懐に入れていた物を取り出した。
「それは?」
「くう達の世界のカラクリ仕掛けです。遠くにいる人と、離れたままで、話したり、手紙のやりとりを一瞬でしたりする道具。潤君がずっと持ってた、彼岸の物」
現代人にとっては、中身を見れば人格さえ垣間見られる、個人情報の塊。今はまだ開けられないでいる。
赤いスマートホンを持つ両手を、上から、朽葉の肉刺だらけの手が優しく包んだ。
「――大事な物なら、きちんと仕舞っておかないといけないな。いい大きさの巾着があったはずだから、出しておこう」
「ありがとう、ございます」
こんな時まで穏やかに気遣ってくれるのが、心に染みて。
くうは朽葉の肩におでこを押しつけ、こっそり泣いた。
――その態勢になってどれくらい経ったか。
朽葉が身じろいだ。くうは急いで袖で目尻を拭いつつ顔を上げた。
「朽葉さん、何ですか、それ」
朽葉の手には、いつのまにかペーパークラフト――折鶴が載っていた。
「陰陽寮からの早文みたいな物だ。寮で何かあったのか……?」
朽葉が折鶴から文を外して広げた。
「『先日、蛇の大妖の呪いを受けて死んだと思われていた先代銀朱の生存を確認』……先代、28代目!?」
「な、何ですか?」
「言葉の通りだ。28代目は、前天座の頭領と相討ちで死んだということになっている」
くうの脳裏に閃くものがある。元〈銀朱〉、蛇の大妖。
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