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トワノクウ
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第二十九夜 巡らせ文(一)
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 梵天が唐突にその名を口にした。

「――お母さんに? 何を?」
「俺と銀朱……菖蒲が出会わなければ()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 くうは気づく。梵天は己の例を提示してくうに納得を促している。
 くうの心の整理が遅れたせいで、梵天に過去の傷を切開させてしまった。

「萌黄は『出会わなくてもいずれはああなっていた』と答えた」

 梵天は思い出すように中空を見上げた。

「天網には人と妖の対立図がすでに出来上がっていた。俺達が仮に出会わなかったとしても、菖蒲と白緑は人と妖の頭目同士、いずれは殺し合った。結局はどちらかが、あるいはどちらもが死んで、破滅へ突き進んだんだ」
「お母さんが梵天さんにそう言ったんですか……?」
「言ったんだ」

 梵天は薄く笑む。

「何が原因か分かっていたところで、この世の神ですら何かを変えることはできない。だからこそ、それを運命と呼ぶんだろうね」

 あまつきの帝天(神様)はくうにとって自身の母親なので、くうの中にある神様像と一致しないが、梵天の言わんとすることは分かった。

 神様にもできない。だから、考えるな。

「――ありがとうございます」

 気づけばくうは、辛い過去を掘り起こしてまで自分を気遣ってくれた梵天に礼を言っていた。
 ごめんなさい、も言いたかったが、せっかくの心遣いにそれは無粋。

 くうが見上げると、梵天は驚いた顔をしていた。驚いていると分かったのは、くうの洞察力か、はたまた梵天が本当に感情をあらわにしたからか。

「……敵わないな」
「え?」
「独り言だよ。――気が済んだなら戻るよ。清めはもう充分だ」

 くうは頷き、ドレスを川の中で着直そうと右腕を挙げた。
 そして、気づいた。右手の甲に今までなかったものがある。

「これ、潤君のしるし……?」

 逆さの水玉か丸い錨のような紅色の刻印。潤の手の甲にあったものだ。

 くうは急いで水中でドレスを着て、ざぱっと川から上がった。
 濡れたままだが、梵天は拭く物や着替えを用意してくれていない。塔に帰るまで寒いのは軽率な行動の罰だと考えよう。

 ドレスの裾を何度か絞り、ブーツと帽子を回収してから、梵天のもとに裸足で駆け寄った。

「梵天さん、これ」

 右手の甲を梵天に見せる。梵天はくうの手を取って刻印を見た途端、厳しく眉根を寄せた。

「彼岸人のしるし――潤朱が死んだからか?」

 ずきん。潤の死をまた明確に意識する。

「単に死ぬと同類にそれを教えるのか、それとも……くう、潤朱の力を使えるかい」
「潤君の、ちから
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