暁 〜小説投稿サイト〜
あげは
2部分:第二話
[1/4]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第二話

 だがここで三吉は煙管から口を離した。そして咳き込みはじめた。
「どうしたい」
「いえ、ちょっと」
 ちょっととは言うがその咳は妙に長かった。
「風邪かい?用心しろよ」
「あい」
 三吉は十郎の言葉にこくりと頷いた。
「只でさえこの吉原にいると命が減っちまうからな」
 花魁の命は短い。花の命が短いのと同じである。瘡毒、つまり梅毒に白粉の鉛、酒、そして労咳、すなわち結核に。花魁はその年季までにこうしたことで死んでいく者が多かった。艶やかな夢幻の裏には惨い現実がある。吉原はそうした二つの世界が共に棲んでいたのであった。
「少し気付けに」
「おう」
 三吉は酒を飲んだ。
「これで大丈夫でありんす」
「ここの店は酒もいいからな」
「あい」
 三吉はそれにも頷いた。
「上方から。特別に運んだものでありんすから」
「そうだな。酒はやっぱり上方のが美味い」
 十郎もその酒を飲みながら言った。三吉に赤い大杯に酒を並々と注がせてそれを飲む。甘い味が口の中に漂う。
「本当にな」
「まだ飲むでありんすか?」
「ああ、もう一杯くれ」
 誘いに乗って杯を出す。三吉はそれにまた注ぐ。それを飲み干した後で十郎は彼女を抱き寄せた。そして耳元で囁いた。
「この前話したことだがな」
「あい」
 三吉は十郎を見上げた。その目は酒のせいか潤んでいた。それが十郎の心を突くのであった。
「兄上も義姉上もよいと言っておられる」
「まことでありんすか?」
「うむ。わしの婿入り先もな。そなたを貰い受けることはいいそうじゃ」
「嬉しいことでありんす」
 三吉はそれを聞いて素直に喜んだ。
「わちきなんかの為に」
「そなただからじゃ」
 十郎の声が優しくなった。
「わしはそなただから貰い受けるのじゃ」
 優しいだけではなかった。いとおしげでもあった。
「よいな。もうすぐじゃ」
 また言う。
「待っておれよ。よいな」
「はい」
 そして二人でまた飲んだ。三吉は酒が好きだった。その時も溺れる程飲んだ。酒に溺れているのか恋に溺れているのかはわからない。だが彼女は確かに溺れていたのであった。
「それにしてもだ」
 十郎は三吉を見て言った。
「いつものことながらよく飲むな」
 三吉は杯を手放さなかった。そして浴びる様に飲んでいた。
「好きでありんすから」
「いや、それでもだ」
 だが十郎は強くは止めなかった。彼もいける口である。そして他人が飲むのを見るのも好きであったのだ。
「これを飲むと。楽しいんでありんすよ」
「それはわかるがな」
 だがいささか限度を越していると思った。
「わちき等は何時死ぬかわかりゃしない身でありんす」
 その通りではある。花魁の命は短い。そして死ねば無縁仏に葬られる運命である。こ
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ