1部分:第一話
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「わしには何も見えないな」
彼は言った。
「気のせいじゃないのかい?」
「いえ、気のせいじゃありません」
しかし彼女はそれを否定した。
「わちきには見えるんです」
花魁独特の言葉遣いであった。花魁達はこの吉原で生まれた独特の言葉を使っていた。わちきという一人称がその最たるものであった。
「はっきりと」
「どんな蝶なんだい?」
十郎は煙管を手にした。そしてそこに煙草を入れながら尋ねる。
「あげはでありんす」
三吉は吉原の言葉で答えた。
「あげはかい」
「あい」
そしてまた吉原の言葉で。十郎はそれを聞きながら煙草を吸った。その後でゆっくりと煙を吐き出す。
「黄色いあげはがかい」
「そうでありんす。それも何匹も」
三吉は言った。
「夜の吉原に。まことに綺麗でありんす」
「そんなに綺麗なら見てみたいもんだねえ」
十郎は笑いながら言った。
「一度。それでそのあげははどんな色だい?」
「黄色でありんす」
三吉は答えた。
「黄色かい」
十郎はそれを聞きながら夜空と下の街を見た。そこには提灯の赤い光があった。
「それに青くて。白いのも黒いのもいます」
「いいねえ、派手で」
煙管から口を離す。そして煙をぷかり、と吹いた。その白い煙が煙管から出る青い煙と混ざり合う。そして黒い空の中へと消えていく。
「それが皆。夜の街に舞っているでありんすよ」
「けれどどうしてそんなのが見えるんだい?」
十郎は不思議に思ってそれを尋ねた。
「御前さんだけにまたどうして」
「それはわちきにもわからないことでありんす」
三吉は首を傾げて言った。
「どうしてなのか。けれども見えるんでありんすよ」
「妙なこともあるこった」
十郎はまた煙管に口をつけた。そしてゆっくりと吸いながらそう思った。
「どうしたもんだかね」
「一度十郎様にもお見せしたいでありんすが」
「残念だけれどわしには見えないよ」
煙管にも飽きた。三吉に渡して言う。元々この煙管は三吉のものであった。吉原では遊女が煙管を客に渡すということは好いているということの証である。助六が煙管を山の様に貰うのは彼がそれだけの色男でありもてているということの証なのである。
十郎も煙管を貰ったことが何度もある。三吉に貰ったのもその中の一つだ。その吸い終わった後の煙管をまた三吉が吸う。煙管を通して口付けをしたのであった。
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