鼠の奇跡
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の黒い大きな目で彼を見上げているだけである。
「留守番をしてくれてたのか。まあそんなわけはないが」
やはり答えない。だがそれでも悪い気はしなかった。別に鼠に話し掛けられたいとは思ってもいないからだ。
「けれどいいさ。なあ」
「ちゅう」
鼠達は鳴いた。意外と可愛い声であった。
「ちゅうかよ」
それを聞いて妙におかしくなった。
「御前等気に入ったよ。今度餌買って来てやるからな。何がいい?」
当然のことながらそれにも答えはしない。だが見上げているだけであった。今度は鳴きもしない。
とりあえずこの日は買って来た乾パンを一欠片やった。一匹に一欠片ずつ、二欠片であった。彼は自分の分を食べた後満足して眠りに入った。そして朝起きてすぐに仕事に向かった。戦争に行く前と同じ生活であった。
そして一日働いて夕方に戻る。鼠への餌も買った。夕食を鼠達と一緒に食べた後で寝る。こうした生活が暫くの間続いた。何時しか彼はかなり安定した生活を送るようになった。ほんの少し前まで何時野垂れ死ぬかわからない生活だったというのに夢のようであった。彼自身にとっても信じられないことであった。それは前部屋もわかった。
「なあカジさん」
前部屋は仕事の合間に彼に声をかけてきた。
「どうしたい?」
「あんた変わったね」
顔を上げた梶原に対してそう言う。
「変わったか」
「ああ。何かいい顔になったよ」
「俺は元々ハンサムだぜ」
「そういうんじゃなくてな」
「違うのかい」
「そうさ。何か落ち着いた顔になったよ。満ち足りたような」
「そうかね」
そう言われてもピンとこなかった。
「俺は別にそうはおもってちゃいねえがな」
「嫁さんと上手くいきだしたのかい?」
「嫁さんね」
だがそれを聞くと急に皮肉な笑みを浮かべた。
「そんなもんもういねえがね」
「すまん、そうだったか」
「いいさ」
顔を元に戻してそう答える。
「本当のことだからな。かみさんもガキも空襲で死んだよ」
「そうだったのかい」
「アメ公に炭にされちまったらしいな。川でプカプカと浮かんでいたらしい」
「あの時の空襲だな」
三月の空襲の時であった。この時アメリカ軍はあえて一般市民のいる住宅地へ空襲を仕掛けたのだ。しかも木造の多い日本の家屋を研究したうえで焼夷弾を使って。これが戦争というものである。誰も死の刃から逃れられはできないのである。かわすことはできてもだ。
「あの時はえらいことになったな」
「知ってたのか」
「俺はその時空港にいたんだよ」
前部屋はそう語った。
「整備兵をしていてな。それでパイロットから聞いたんだ。迎撃に出たな」
「どうだったんだ?」
「酷か
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