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鼠の奇跡
鼠の奇跡
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[9] 最初
かしてねえけれどな」
 つい最近までこれといって働きもせず飲んでばかりだった。そんな自分がしっかりしているとは自分でも到底思えなかったのである。彼は少なくとも自分に対して嘘はつかなかった。
「まあ御前に似てたらしっかりしてるかな。それでいいか」
「そうさ。じゃあ行くよ」
「家までか?」
「勿論だよ。歩いて行くんでしょ、家まで」
「馬鹿行っちゃいけねえよ」
 それには苦笑してみせた。
「こっから家まで大分あるぜ。俺は自転車でここまで来たんだ」
「じゃあそれで行こうよ」
「生憎一人乗りなんだよ。それじゃあどうしようもねえだろ」
「いや、あるよ」
 しかし彼女はそれに対しても楽天的にそう返した。
「だから安心してくれよ」
「安心たってなあ」
 どうするのかかえって興味がわいてきたのは内緒であった。
「一体どうするつもりなんだよ」
「あれ使えばいいじゃない」
 そう言って指差したのはゴミ捨て場に落ちているリアカーであった。
「あれで帰りましょ」
「そうか、あれはいいな」
「そうでしょ。三人でね」
「ああ。じゃあ俺が自転車で引くわ」
「お願いするわね。この子は私が抱いてるから」
「頼むぜ」
「ええ」
 こうして三人は家に向かった。夫の自転車でゆっくりと。家に着いた時にはもう夜になっていた。
 そんな三人を鼠達は物陰から見ていた。だが三人が家に入ると何処かに姿を消してしまった。梶原はそれっきりその二匹の鼠を見ることはなかった。だが何時の間にかそんなことは忘れてしまい家族との生活に入っていった。そして気がついた頃には靴屋として成功し新しい家を建てられるようになっていた。前部屋と共同経営者として会社にまでなった。戦後の有名な成功者の一人とさえされるまでになった。
 だが全ては鼠のおかげであったのであろう。しかしそれを知っているのはあの鼠達だけであった。梶原ですらそれには気付いてはいない。不思議な鼠達であった。だがこれは本当にあった話なのである。戦争で傷付いた人を救った些細な話であった。


鼠の奇跡   完


                   2005・7・5
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