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トワノクウ
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第十夜 吟変り(二)
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裏腹の穏やかさで語り始めた。

「潤朱から聞いたわ。自分や藤袴と同じ彼岸人かもしれない、だったら妖であるはずがないって」

 ね、と真朱は潤を見やる。潤はしっかり肯いてみせた。――通じ合っている感が釈然としない。

「確かに彼岸人ですよ。潤君達と同じ世界の住人です。年も学び舎も趣味も同じくする、ただの篠ノ女空です」

 これで真朱から名乗らせれば――

「真朱よ。申告通り、お前が潤朱の友人なら、歓迎する」

 ――王手だ。

「そろそろ兄様をお呼びしていい?」
「あ、はい。引き止めて申し訳ありません」
「いいから。じゃあね」

 真朱が軽やかに去って行ってから、潤が呆れたような親しみを向けてきた。

「ひやひやしたぞ。心証悪くしたらどうする気だったんだ」
「自分でもちょっとびっくりしてます。意外と何とかなるもんですね。経験値アップ」

 潤は苦笑した。

「――お前は確かに篠ノ女空だよ」
「え」
「あんな誘導のしかたができるほど頭がいい奴、俺の知る限り篠ノ女しかいない。少しでも疑うなんてどうかしてた。ごめん」
「……虫のいい言い方ね。物でも言葉でもなく、あんな数分の会話で信じるなんて」
「それでも俺には信じられるよ」

 潤が笑いかける。あの日、アミューズメントパークで交わした笑みのまま。

「部員の誰も知らない、俺だけが知ってた一面。篠ノ女は頭のいい女だってこと」

 くうは悔しくてよそを向く。まるで口説くように、屈辱感をあっさりと洗い流されたのが、悔しくて――悲しくてたまらない。悲しみの訳は、分からないけれど。

「ねえ潤君。どうしてみんな潤君のこと、『潤朱』って呼ぶんですか?」
「銀朱様がご自分の名前から一字とって『朱』をくれたからだよ。どうしたんだ、いきなり?」
「だって元々の名前があるのに」
「名誉なことだよ。最高責任者と同じ名前が使えるなんてさ」

 どうして。
 どうして誰も彼もあっさりと自分の名前を捨ててしまうのだろう。

 (くう)――欲しいものができた時に何でも詰め込めるようにカラッポのまま。母が願いを込めてつけた名前を、くうなら捨てられない。
 くうは名の通りカラッポのつまらない人間だけど、だからといって変えたいとは思わない。

 薫が藤袴に。潤が潤朱に。

(なんだか私の知ってる二人がいなくなってくみたい)

「あの人とはどういう関係なんですか?」
「真朱様か? 銀朱様とそろって、俺が守るべき人だよ」

 潤は微笑んで刀を撫でる。その表情がどんな想いに起因しているか。日常から遠くて理解できるまで少しかかった。――誇らしさ、だ。

「潤朱≠ニは『朱を潤す』という意味。銀朱様が潤滑にお役目を果たされるようにお助けすること
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