五章 突飛な夜
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退院した私を病院の正面入り口前まで見送ってくれたのは担当医のあの医者一人だけだった。しかし、その表情は何とも言えない、なにか自分を責めたようなそれだった。
入院させ続けることなく、あの医者自身の独断で私を退院させた理由は、言うまでもなく単純なものであった。
だから、あの医者には感謝している。
「……さて、これからどう過ごそうか」
残りの人生を味わう為に、私はとりあえず自宅へ帰ることにした。
「……窓開けたってことは家の中放射線まみれなんだよな」
私ははぁ、と女性らしいため息をつく。
「ま、大丈夫だろう」
私は楽観的に考え、玄関を開ける。
とりあえず私は趣味である読書を3日間思い切り楽しんだ。ここまで読みふけったのはいつ以来だろうか。本を通して、その人間の体感した生涯が一冊の本に詰め込まれている。人の一生分を少しの時間だけで経験できるのだから、本というものは素晴らしいと思う。
その夜、数十通ものメールが届く。アマノやセイマ、私のアドレスを知っている会社の同僚たちからのものだった。上司部下、男女関係なく届いてきた励ましのメールは心が震える程嬉しかったのだが、その一方でこの容貌のおかげかと少し複雑になる自分がいた。
(でも考えてみれば4日間も休んでるから連絡が来るのも当然か)
私は全員に丁寧に返信をした。余命のことは隠すわけにもいかないので明日、会社で報告しよう。
「あ〜、読み過ぎた。頭痛いし咳も少し出るし、やっぱり風邪かな」
時計を見ると夜の一時を過ぎていた。四季の無いこの国の夜は共通して寒く、時折気温が一桁になることや氷点下に達するときもある。風邪をひいてもおかしくない。
けほっけほ、と私は口を押え咳き込む。ぶかぶかの寝巻用半袖半ズボン一枚に男性下着のトランクスという完全夏着の無防備状態では流石に寒かったか。
最後に「げほっ」と痛々しい咳を一つする。喉に胃液が逆流したようなすっぱさと違和感が口内で滲む。
「ありゃ、胃液出ちゃったか………………え」
濡れた手を見ると、何故だか胃液は赤く染まっていた。
(早速症状が……)
とりあえずやばいなと思った私は水道の水で流そうと台所へ向かうが、あることに気が付き、立ち止まってしまう。
そして、その手を凝視する。
「血が……動いてる」
僅かだが虫のように這いまわる赤い点々の集合体。瞬間、背筋が凍る。
「……うわあああああああああっ!」
私は台所を切り替えし、洗面台へ向かい水道でそれを洗い流した。手の皮がむける程に。その記憶も洗い流すように。
そして何度もうがいを繰り返す。喉から出てくるのは赤い液体……いや、赤い蟲。
吐きそうになっても続ける。今日食べたものが吐き出されても続ける。狂ったように吐き続ける。胃の中を空っぽにするぐらい
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