第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第一節 前兆 第一話
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「くしゅんっ」
春らしい服装をした少女がくしゃみをひとつ。
紅いチュニックからすらりとのびた両腕は、黄色い長袖に包まれている。黒髪らしいセミロングの髪が光の具合によっては藍色にも見えた。少女を知る者なら、快活な雰囲気をまとった東洋人風の顔立ちを、誰もが特徴に挙げるだろう。混血の進んだ宇宙世紀では、純オリエンタルの顔立ちは珍しい。そしてなにより、意志の強そうな瞳が、その存在を忘れさせないのだ。
気候を完全にコントロールしているスペースコロニーでは、敢えて季節感を演出するために秋から冬にかけて気温を下げ、冬から春にかけて気温を上げるという微調整をしている。コロニー毎にその設定は違う――特に、サイド6にあるリゾートコロニーなどでは、一年中夏気温になっているバンチもある――が、ここ〈グリーンノア〉は割合季節のはっきりした温帯地域を模していたから、春先では肌寒さが少し残っている。
「ファ、風邪?」
くしゃみをした少女は左手にノートを持って、胸元に抱いている。少女は声を掛けた友人に向かって大きくかぶりを振って応えた。
「ん〜、そんなことないけど……誰かが噂してたりしてっ」
少女の名はファ・ユィリィ。サイド7〈ノア〉に住む大学生である。
一緒に居るのは、大学の同級生トゥ・メイリン。同じハイスクールから進学した友人であり、数少ない同じ華僑であった。
人口の少ないサイド7には、大学といえば市立グリーンノア国際大学しかない。ユィリィは史学生であり、文学部に籍を置いていた。専攻は『宇宙移民史』である。
高校の友人たちはサイド6の名門大学ノースブリッジや、地球の連邦総合大学に進学したりしていたが、ユィリィには両親の許から離れて暮らすということ自体が想像の埒外にあった。「そんなに裕福でもないし、成績が飛びぬけてもいないしネ!」というのがユィリィの現実感覚である。
ユィリィにとって、世界とは自分が住むサイド7の一バンチコロニー〈グリーンノア〉が全てであった。中高生のころはジャーナリストになって世界を駆け巡りたいとか、芸能界に憧れたことがなかった訳ではないが、現実とはそういうものだ。宇宙に浮かぶ細長いシリンダーの大地がユィリィの故郷であり、生きる世界の全てだった。ユィリィにとっては、〈グリーンノア〉でさえ、十分すぎるくらいに広い世界なのだ。
ユィリィの世代では、他のコロニーに行ったことがないという人間は大勢いる。
さすがに再入殖が始まったばかりのサイド7ではそんなことはないが、それでも移民のときが初めてという人間が多い。ユィリィもそうだ。両親がアンマンに戸籍を持っていたため、月生まれではある。
ただし、現在はサイド7に戸籍が登録されている。そして、一生サイド7から戸籍を動かすことはないだろう。なぜなら、スペースノイドは地球連邦政府の許可
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