第六章
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第六章
「そなたには何と言っても足りない。だが」
「ですが仕方のないことですね」
ここでお里も納得できるようになってきた。涙を流しているうちにその涙が彼女の心を冷まして穏やかなものにさせたのであろうか。
「これもまた」
「・・・・・・・・・」
今は維盛は何も言うことができなかった。そのまま沈黙が場を支配しようとしていた。しかしであった。ここでまた扉を叩く音がしてきた。
「誰かおられるか!」
今度は威勢のいい男の声であった。
「梶原様が来られるぞ!」
「何っ、梶原が!?」
「梶原景時が!」
維盛達はその名を聞いて我に返った。お里もまたすぐに涙を拭いて顔をあげそのうえで。維盛達に対して慌てて告げるのであった。
「皆様、ここは」
「う、うむ」
「落ちないといけませんね」
「そうです」
こう維盛達に対して告げるのだった。
「一刻も早く上市村に」
「わかった。それではな」
「この御恩、忘れません」
維盛達はお里に別れを告げそのうえで裏手から店を出た。お里がそれを見送る。しかしここで彼女の後ろにあの男が立っているのであった。
「おい、聞いたぜ」
「兄さん!?」
「あれは平維盛一家だな」
「違うわ」
兄の素行を知るお里はそれは隠した。若しそれを知れば彼が何をするかわからないと判断したからだ。少なくとも彼女は兄をそうした人間だと思っていた。
「あの人達はただの旅人よ」
「へっ、そんなこと言っても無駄だぜ」
しかし権太はわかっていた。にやにやと笑いながら妹に返すのだった。
「もうわかってるからな」
「わかっていたらどうだっていうの?」
「いい金になりそうな話だな」
そのにやにやとした笑みでまた言ってきた。
「これはな」
「ちょっと兄さん」
行こうとする兄を何とか止めようとする。
「それだけは」
「うるせえよ」
袖にしがみついてきた手を払いのけてしまった。
そしてそのうえで酢桶を手に取って。店を後にする。彼が出て行った後で入れ替わりに弥左衛門が来た。彼は娘の表情が穏やかでないのを見てすぐに彼女に問うた。
「どうしたんだ、一体」
「あっ、お父っつぁん」
その蒼白の顔を父に向ける。彼はその顔を見てさらに不吉なものを感じた。
「ちょっと」
「ちょっとも何もない」
不安になった顔で妹に返す。
「一体どうしたんだ?」
「弥助さん・・・・・・いえ維盛様ですが」
まずは彼のことを話したのだった。
「奥様と御子息が来られまして」
「何っ、ここでか!?」
「はい。しかも今玄関に梶原様の手の者が来られまして」
「何ということだ」
弥左衛門はそこまで話を聞いてその不安な顔を蒼白にさせた。
「それで維盛様達はどうされたのだ?」
「上市に逃げられました」
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