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戦国異伝
第百六十八話 横ぎりその五

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「陽動は陽動じゃ」
「それが通じぬならばですか」
「攻めぬと」
「そうじゃ、無駄に兵を失うことはない」 
 そう考えてのことだというのだ。
「それに美濃の東に兵を送るだけで織田信長に目を向けさせておる」
「それだけでもよいと」
「そうじゃ、攻めるのは一方からではない」
 今信玄が上っている東海道だけではないというのだ。
「中山道もあるからのう」
「それを織田信長に見せる」
「その為にもですな」
「膳右衛門を向かわせたのじゃ」
 秋山に五千の兵を授けて向かわせたというのだ。
「そうしたのじゃ」
「では、ですな」
「秋山殿はそれでよいですか」
「そうじゃ、美濃の東はこれでよい」
 充分だというのだ、信長への牽制だけでも。信玄はこのことに満足してさえいた、その顔にそれをわざと出していた。
 そうしてだ、そのうえでだった。
 信玄はさらに西に進む、その彼のところにだった。また報が来た。それは東からだった。
「ふむ。来たか」
「はい、徳川軍が来ました」
「浜松城から出てきました」
「ふふふ、来たか」
 信玄は報を聞き終えるとにやりと笑った、それで自身の周りにいる二十四将達を見回してそのうえで言った。
「来たぞ、麒麟が」
「はい、三河の麒麟が」
「来ましたな」
「うむ、数は一万二千じゃな」
 数は信玄から問うた。
「そうじゃな」
「はい」
 その通りだとだ、報を届けてきた兵も答える。
「全軍で来ました」
「やはりな。全ては読み通りじゃな」
 こう言って山本も観た信玄だった。
「何もかもな」
「はい、ではですな」
「このまま進むぞ」
「そしてです」
 そのうえでだ、また言った山本だった。
「あの場に来たところで」
「全て手筈通りじゃ。さて」
 今度は嫡男の義信を見た、それで彼に言うことは。
「御主も攻めに加わるな」
「是非共」
 信玄を若くして口髭をなくした様な整った顔立ちの若者だった、その義信が確かな笑みでこう言ったのだった。
「父上の仰る通りに」
「ではな」
「そうじゃ、後詰のことはもう考えておる」
 ここで信繁も見た信玄だった。
「まずは徳川じゃ」
「そして次はですな」
「織田ですな」
「そうじゃ、そうしていくぞ」
「それで殿、徳川家康ですが」
 原が彼の処遇を信玄に問うた。
「あの者は」
「ここで死ぬのならな」
「それまでですか」
「そうじゃ、しかしあの者もよき者じゃ」
 才がある、それでだというのだ。
「運があればな」
「生き残りですか」
「その時はわしの家臣にする」
 家康もまた然りというのだ。
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