第五章
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第五章
「鰐は礼を大事にするんだな」
「うむ」
鮫のその問いに答える長老だった。
「その通りだ」
「それが鰐のしきたりなら鮫にもしきたりがある」
その鮫の世界での決まりを言葉に出すのだった。
「鮫は相手の心を受ければそれを適える」
「心を受ければか」
「そういうことだ。わしは今あんた達の心を受け取った」
こう告げるのだった。
「今な。だからあんた達の心を適えたい」
「では送らせてくれるのだな」
「是非な」
鮫の口元が笑った。その無数の牙がある口元が笑いそこに心を見せていた。
「こちらとしても頼む。是非な」
「よし、それでは皆行こう」
「海までな」
「送らせてもらうよ」
こうして鮫は海に帰ることになったがそこまでの道は鰐達が共に行くことになった。鮫を中心として多くの鰐がガンジス河を下るのだった。
「おやおや、これは珍しいな」
「鰐が河を下るのか」
「しかも群れの真ん中にいるあの魚見ろよ」
船で河を行き来する人々も川辺に来た動物達も河の中の生き物達も彼等を見て声をあげた。
「あの魚は何だ?」
「河にいる魚じゃないな」
「あれは何だ?」
「皆わしのことは知らないらしいな」
鮫はそんな彼等の言葉を聞いて呟いた。
「わしのことは」
「それも無理ないことじゃて」
彼の横に入る長老がその言葉に答えるのだった。
「何せここは河じゃからな」
「そうだな。わしは海にいる筈だ」
ここでも自分のことを知ることになった鮫だった。
「それならな。誰も知らないのも道理だな」
「その通りじゃよ。わし等にしろ海だと誰も知らない」
「そうだな。海には鰐はいないからな」
鮫は自分とは逆のことも述べた。
「やはり当たり前だな」
「そういうことじゃ。だからやはりな」
「わしは海にいるべきだ」
何度目かのこのことを確かめた言葉だった。
「そして海で暮らすべきだな」
「そういうことじゃな。しかしじゃ」
「しかし?」
「河はどうじゃった?」
ここで河のことを、自分達のいる世界のことを鮫に問う長老だった。
「この河は。どうじゃった?」
「いいな」
鮫のその丸い目が細まった。
「わしが知らない世界だというせいもあるがそれを抜いてもだ」
「よかったのじゃな」
「ああ、よかった」
目だけでなくその口元も声も笑っていた。
「とてもな」
「そうか。それは何よりじゃ」
「できればわしのいる海も見てもらいたいものだ」
そして鮫はこんなことも言うのだった。
「是非な。見てもらいたいが」
「気持ちは有り難いがそれは止めておくよ」
だが長老は鰐のその言葉はいいというのだった。
「それはのう」
「いいのか?それは」
「うむ、よい」
こう言って断るのだった。
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