第一章
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の言葉に頷いた。
「波にさらわれて」
「死体もな。浮かんで来なかったよな」
「けれど見ない方がよかったかもな」
「何でだよ」
「御前も海で死んだ人見たことあるだろ?」
海辺ではつきものである。水死した者の遺体は実に無残なものだ。水を飲んで腹は膨れ上がり、目は上を剥き、身体がまるでゴムマリの様に膨らむのだ。彼等もそれを見たことがあるのだ。
「あいつのあんなふうになった格好、見たかったか?」
「じゃあ御前は見たいのか?」
義彦は答えるかわりに逆に明憲にこう問うてきた。
「いや」
彼はその言葉に首を横に振った。
「まさか。そんなわけないだろ」
「俺だってそうさ」
義彦は海を眺めたまま答える。遠くから、そして側から波の音が聞こえてくる。その音は二人の心に寂寥感も与えていた。
「誰だってそんなの見たくはないさ」
「そうだよな」
「けれど。見ないとな。かえって」
「ああ」
「生きているなんて思えるわけないしな」
明憲はその言葉には無言で頷いた。
「あいつ、今どうしてるんだろな」
「向こうで楽しくやってりゃいいけれどな」
「向こうか」
義彦はその言葉を聞いて考え込んだ。それから明憲に対して言った。
「なあ」
「何だ?」
「その向こうって何処なんだ?」
「向こうって言えば一つしかないだろ」
明憲は当然といった顔と言葉でそれに返した。
「あの世さ」
「そのあの世ってのは何処にあるんだ?」
「何処にって」
この言葉には返答に困った。
「そりゃ決まってるじゃないか」
「空にか?」
「それか地面の下だよ。こっちは地獄だけどな」
「あいつは地獄には行ってないぜ」
「ああ」
「だったら。空かな」
「そうじゃないのか?」
二人はここでその空を見上げた。その赤さはさらに深くなっていた。そして次第に暗くなろうとしていた。
「もうこっちにはいないのは絶対だからな」
「けれど。あいつは海で死んだんだぜ」
義彦はここでこう言った。
「こっちにいるんじゃないのか?」
「こっちって海にか?」
「ああ」
彼は答えた。
「俺はそう思うんだけどな」
「馬鹿言えよ、海は俺達の世界とは違うぜ」
明憲はその言葉にこう反論する。
「やっぱり違う世界なんだよ。だからもうあいつはこっちにはいないんだ」
「そういう意味か」
「ああ。こっちの世界にいるってんのが生きているってことだろ。だからもうあいつは」
「そうだよな、やっぱりいないんだ」
義彦はそこまで聞いて残念そうに呟いた。納得するしかなかった。
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