伊月「夢が、あるから」
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けしたような顔をした。まさか俺がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。つか、逆にそれ以外になんかあるか?
「歌手になって、皆を魅了出来るような歌声を聴かせたい。それは傲慢で、難しい事なのかもしれない。だけど、これは俺が『好き』だからやってることだ。例え歌手になれないとしても、俺は歌い続ける。志乃がいれば、俺は歌う事が出来るんだからな」
それは嘘偽り無い本音だった。相手の意識をこちらに置きたいという考えもあるが、それはついでだ。俺は今、思っている事を言いたかっただけだ。志乃が視界の中で少しだけ身体を揺らしたように見えたのだが、多分気のせいだろう。
「そういう何か楽しめるものが出来たから、夢が出来たから俺は死なない。人生を一回踏み外したけど、またやり直したいと思う」
「……君は強いな」
俺の言葉に反応したのはノッポだった。そちらに目をやると、ノッポはどこか悲しげな、それでいて反抗する意思があるような複雑な表情をしていた。
「私にはそこまで前向きに物事を捉える事は出来ない。失敗して皆に追い抜かされて、それでも立ち上がって、また失敗しての繰り返しだった。私には、君のように強くなれない」
「……」
「だが、それだけが全てか?人間はロボットじゃない。全て『はいそうですか』で進めるわけじゃない。こうして反旗を起こすのは、人間としての意志だ。死では無く、生を選択した私達の総意なんだよ」
あぁ、同じだ。
この人達と俺は同じだ。
そして、俺は幸せ者だ。だって、脱線した車体を元に戻してくれる相手がいるんだから。
今ならこの人達を自首させる事が出来るかもしれない。話をして、納得させる事が出来るかもしれない。そう思った時だった。
ゆっくりと。
ハゲチャビンが、右手に持っている銃をこちらに向けてきた。
その動きを認識し、続いて恐ろしくなる。
腕が上がるにつれて、俺の中の危機感は上昇し、脳内で警報が鳴りだす。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
無理に笑おうとしたら、変に顔が引きつった。無意識に後ずさり、その拍子に転んでしまった。隣には、何の色も映していない瞳を抱える妹。
俺が転んだため、銃の照準は座り込んだ俺の頭の位置で定められた。その無機質で空洞な銃口がこちらに向けられているという事実だけで、命が削り取られているような錯覚を感じた。
俺が口をパクパクさせていると、ハゲチャビンが冷たい瞳をこちらに向けながら呟いた。
「君のような少年が、犯罪を犯したとは思えないな」
こいつ、何言ってんだ?それが今の状態に何の関係があるんだよ!
「だが、それでも立ち上がった君は我々のような弱者よりずっと強い」
「……」
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