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蒼き夢の果てに
第5章 契約
第92話 血の盟約
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もう二度と誰にも奪われないように。

 そうして……。
 細い腕を俺の首に回し、抱き着いて来るタバサ。何故か、それだけは変わらない、彼女の肌の香りが懐かしい思い出を喚起させ、身体は冷え切って居るのか、何時もの彼女に比べると幾分、冷たい。
 このまま……彼女に包まれたまま、何もかも終わったとしても悔いが残らないかも知れない。彼女に永遠に独占されたとしても、それも一興かも知れない。

 甘美な誘惑に、一瞬、心が揺れる。

「あなたの匂いが好き。……もう誰にも渡しはしない」

 耳元で囁く吐息は甘く……そして、熱い。
 重なり合った胸が彼女の鼓動を伝えて来る度に、俺自身の鼓動も早く成って行く。

 しかし……。
 記憶のフラッシュバック。何時の事なのか、何処で経験したのか思い出す事も出来ないほど、遙か遠い昔の思い出。
 そして、それは同時に、本来ならば有り得ない思い出……。

「――それは錯覚」

 深く呼吸を行い、冬至の夜の冷たい気を体内に巡らせる俺。大丈夫、現状俺自身が熱に浮かされている訳ではない。

「龍種の血は、吸血姫に取ってとても甘い物に感じる。……と、母ちゃんに言われたのを忘れたのか、義姉(ねえ)ちゃんは」

 彼女の耳元に囁くにしては、愛の囁きでもなければ、甘い睦言でもない。無味乾燥な言葉。但し、現状では必要な言葉。
 このまま状況に流されて彼女と血の伴侶と成る訳には行かない。
 まして、テスカトリポカの呪を受けて居る今の彼女は、冷静な……普段の彼女ではない。

 俺の答えを聞いた瞬間、彼女の身体を、いや、心の中を何かが走り抜けた。そして、無理矢理、俺から離れようとする彼女。
 しかし、彼女が覚醒しつつある吸血姫ならば、俺はほぼ完全覚醒した龍種。更に、仙術の修業中の駆け出しの仙人。俺が、彼女が離れる事を拒否すれば、単純な腕力勝負で彼女が俺に抗う事は難しい。

「――離して欲しい」

 先ほどは強く抱いてくれ、……と願った口から、今度は離して欲しいか。こりゃ、とんでもないレベルの我が儘なお姫様の台詞だな。
 口元に浮かべるタイプの笑みを浮かべながら、そう考える俺。それに、先ほどのタバサの台詞は普段の彼女の口調。妙に熱に浮かされたような雰囲気は失われ、普段の彼女に近い雰囲気を感じました。これならば、未だ血の渇きから来る破滅に向かってひた走るなどと言う事はないでしょう。
 ただ……。
 ただ、何時までもこのまま……。この中途半端な状態で良い訳はありません。

 それに、これから先の俺の言葉を聞いた時の彼女の顔は……。おそらく、俺には見せたくないと思いますから。
 何故、彼女がそんな妙なマネをしているのか判りませんが、もしかするとある種の願掛けのような物なのかも知れません。


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