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あの純白なロサのように
あの純白なロサのように
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っと軸足に体重をかけた。
「!」
 勝負は一瞬だった。
 果たして皆は一体何が起きたかわからなかったに違いない。
 ひとつ瞬きをして目を開ければ、観客には腰を床につけている女と微動だにしていない俺が映っただろう。誰が見てもわかる。女の負けだ。呆気ないほどの終わりだった。俺は勝ったのだ。勝敗ついた相手を更に傷つけ、まして命まで奪うのはルールに反する。そこで試合は終了の筈だった。しかし俺は、尚も一歩踏み出した。王が焦ったように立ち上がるのが目の端でわかった。止めようと走り出した衛兵は間に合わない。
 俺の剣が甲冑の隙間、首元に食い込んだ時も女は微動だにしなかった。
 無骨な甲冑の下の表情は見えない。
 命乞いも何もすることなく、女は、ただ、俺を見上げていた。
 観客は水を打ったように静まりかえった。俺の次の行動を、息を呑んで見守っている。
 俺は心が震える心地だった。この女は、覚悟を決めている。戦いについての、覚悟を。
 見事だ!
 俺は一息に剣を跳ね上げた。ぽーんと高く高く兜は飛んだ。兜だけが。
 さらりと日に透ける白金の髪が揺れる。
 自らが地に腰を着ける屈辱に頬が紅潮している女―…見間違いもしない、あの、ロサの泉にいた女だった。
 弟は見抜いていたのだ。顔まで隠れた甲冑の上からでも、この女のことを。
 弟を殺した騎士が、この女だったのだ!
 俺は自らの兜にも手を掛けると毟り取って放り投げた。
 日の光が眩しく瞳を射す。
 地に二つの兜が落ちたと同時に、うぅわ、と観客席から地響きのような歓声があがった。
「黒の騎士だ!」
「黒の騎士が氷の魔女を倒しやがった!」
「黒の騎士の再来だ!」
 女は観客の様子に心揺らすことなく、ただ苛烈な瞳で俺を見ていた。
 俺も沸き立つ心を抑え、極めて静かにそれを正面から受け止めていた。
 二人でただ見つめ合う。
 多分初めてだと思う、女が俺をちゃんと見るのは。
 女はきっと、俺の顔すら覚えてないだろう。森の奥ではいつ何時でも、女の心は常に、弟に向けられていた。
 女は俺を、あの弟の実の兄だとも知らずに、悔しさが滲んだ瞳で見ている。
 弟を殺した氷の魔女に、憎しみがなかったとは言わない。俺もずっと迷ってきた。大事な弟だった。たった一人の弟。誰かを憎むとしたらあの白銀の鎧を着た騎士しかなかった。しかし守り切れなかった我が身に絶望し、憎しみに身を焼かれた時も、不思議とロサの泉で見た女の涙が目の裏に浮かび、そのぎらぎらと光る抜き身の刃のような感情にすっと鞘をするように収めることが出来た。そんなことを繰り返す内に、憎しみは薄れていき、そして女の覚悟を目の当たりにした今、清々しいほど綺麗に消えてなくなったのだ。
 俺はずっと考えていた。
 ロサの泉にいた女が、もしも、氷の魔女である
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