トワノクウ
第九夜 潤みの朱(二)
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――貴方がこの私に用事を持ち込むのは珍しいですね、潤朱」
低い、明らかに男の声だ。
巫女たちが一斉に地面に跪く。モーゼの十戒ばりに道を開けた彼女らの間を歩いてくる人物に対し、潤は慌てた声を上げた。
「姫様!? いけません、このような場所に!」
「いいのですよ潤朱。社に変事あれば対処するのが私の責務です」
豪奢な刺繍を施した衣を何重にも重ね着した姿に反して、上背は高く肩も胸もがっしりしている。声といい、男に違いないとくうは思うのだが、判別できない。
なぜなら、その人物は顔の半分を市女笠で覆って隠していたからだ。
「――潤君、あの人が?」
「ああ。坂守神社を束ねる姫巫女、銀朱様だよ」
潤は前に出て巫女たち同様に銀朱に跪く。潤の堂に入ったしぐさに、くうは悠長にときめいてしまった。
「お仕事中のところをお邪魔して申し訳ありません」
「構いません。どうせすぐ終わる勤めでしたから」
銀朱は笠に隠れた右半面を撫でる。柔和な左半面の中、笑っていない目がくうに向けられた。くうはぞっとした。
「陰陽寮の者から聞き及んでいますよ、第三の彼岸人。もっとも、妖だとは窺っていませんでしたが」
薫からかもしれない。あのあと薫が陰陽衆にくうのことを知らせたとしたら、報告が銀朱に上がってもおかしくない。
「篠ノ女空、です。妖になった覚えは、ありません」
渇いた喉でそれだけようよう搾り出すと、銀朱の目の奥の光が鋭くなった。
「確かに結界には焼かれていませんね。本物の妖なら領地に入ったとたんに焼け死んでいるはずですから」
さらっと怖い発言にくうはもっとぞっとした。脅しや力の誇示ではなく、ただの確認としての発言。それは、くうが焼死しようが別によかったと大いに語っている。
(この人、なんか、いやだ)
たとえ潤に会うためでも、こんな人間のいる場所になど来なければよかった。
足元から這い上がる悪寒が何という感覚なのか、くうは知る。どんなホラーゲームをプレイしても感じなかった、人生で初めて味わった――真正の、恐怖。
声を上手く出せないくうに代わって潤が回答する。
「彼女は私の友人です。方違えの発動は彼女にも与り知らぬ所のようです。今しばし検分の猶予を頂きたく存じます」
「手心を加えぬと誓えますか?」
「朱の字に誓って。嘘偽りない結果を報告することを約束します」
「――分かりました。他ならぬ貴方がそう言うのであれば」
銀朱が手を上げると、跪いていた巫女たちが一斉に下がっていった。潤が武器を下せ、と命じたとき、巫女たちはためらいを見せたのに、銀朱の命令に従う分には疑問の余地さえ持っていない。
「陰陽寮との打ち合わせが終わったら私も行きます。それまでは
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