トワノクウ
第八夜 地に積もる葉たちの寝床
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自身の額を指差した辺りに、萱草も咬み痕のような痣があった。
「あれは白児の者につく服従のしるしだ。白児となった者は主人である犬神の心を読み、犬神に仕えることを余儀なくされる。――奴も哀れな定めの下に生まれた人間だ」
犬神、と聞いてとっさに出てくるのが某逆さ死体の猟奇ミステリーなのは、どうにも決まらないなとくうは思った。
「そのご主人様も寮の方ですか?」
朽葉はその場に立ち止まると、黒髪をなびかせてくうをふり返った。そして、人がいないとはいえ往来で、慌てるくうに構わず、墨染め衣の胸元をはだけた。
くうは愕然として口を両手で覆う。ぎりぎりまで露出した朽葉の乳房には、萱草の額の痕と同じ痣があった。
「私が萱草の主人。憑き物筋の、犬神の娘だ」
――――なにをいわれたか、わからなかった。
思い出されたのは、寺に来た朝、くうをからかった大きな犬。朽葉を好いているか、と確かめた母性強き獣。
「奴は私のために陰陽寮に入ったんだ。私が元いた村では、犬神は最初守り神として奉られていたが、次第に鬼として畏れられるようになってな。村八分にされて村人と口も利けず、飯の礼を言って触れると、大の男に突き飛ばされて頭を打ったこともあった。沙門様が村を訪ねるまでは小屋からも出られなかった。そういう生活をしていた頃に萱草は現れて、ふらりと消えたと思ったら陰陽衆になっていたわけだ、これが。もっとも私は萱草が迎えに来る前に前に沙門様について行ってしまったからな。悪いことをしたものだ」
陰鬱な内容とは裏腹に朽葉は苦笑しきりだ。
「朽葉という名は、花も実もつけず朽ちていくようにとの忌み名だ。父母の顔は元より知らない。祖父も十歳のとき死んで兄弟もいない。今後、子を成す気もない。名の通り、私が最後の犬神になる」
ことばが、でてこない。
親を知らず、唯一の肉親を亡くしながら、新しい家族を作る気もないと、菩薩のような微笑みで言い切る女性。
家族がいない。それは、己の起源も証明もないに等しい。
とても悲しくて、切ない。
「……くう?」
「ごめんなさい。朽葉さんに何か言いたいのに、言わなきゃなの、に……」
何も出てこない。
ゲームの中で用意された選択肢しか言ってこなかったから、こんな時にどんなことを言えばいいのか、それさえ持ってなくて。
「ごめ、んなさ……っ」
気づけば、泣いていた。我ながら情けない嗚咽に堪えかねて握り拳を口に押し当てるが抑えきれない。
何て情けない。ゲームの中で用意された選択肢しか使ってこなかった。心からの台詞なんて必要なかったから、こんな時に使える言葉を持っていなくて。
頭がよくて、資格をたくさん持っていて――
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