トワノクウ
第七夜 藤袴
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か構ってられる立場じゃないもん。表の仕事ある人だし、最古参だし」
「じゃあどうやって稽古するの?」
「丸太とか岩とか相手に子飼い使う練習したり、体力つけたり」
薫は門を背に歩き出す。くうもそれに続いた。散歩しながらの会話は好きだ。
くうはとにかく話題を作る。聞きさえすれば薫は答える。その程度には警戒を解いてもらった。
「だから暇じゃないの。ほんとはあんたと話す間にも練習しなきゃいけないようなヒヨッコなのよ、あたしは」
「む。くうだってヒマじゃないですよーだ。この世で給与計算して一番高いのって主婦なんだからね。そんくらい働いてんだからね」
「主婦なの?」
「あ、や、似たようなもの? 一日中、家事してるわけだから。うーんとね」
朝起きればすぐ朝餉を支度する。朽葉と沙門を送り出してからは布団を干して洗濯。服を乾かす間に境内の掃除。昼食は、一人で軽めにするか、朽葉や沙門の分も作るかで正午は過ぎる。それから寺の中を掃除。夕方に布団と洗濯物を取り込んで畳んで、夕飯の支度。
「てな感じ?」
「……あんた、毎日何楽しみに生きてんの?」
「失礼だー!」
少し前までは例の末っ子イタチと遊んで過ごしていた。だが、ある日、朽葉が「帰す宛てがある」と言って連れて行ってしまったのだ。あれからあの子はどこで暮らしているだろうか。
「だいたいあんたさ」
「はひっ!?」
「……迫るな。顔を寄せるな。あんたさ、あたしが別人って線は考えてないの?」
「といいますと」
「顔のよく似た別人。他人の空似。あたしは昔のこと覚えてないんだから証明しようがないでしょう?」
「と言われましてもねえ。顔も声もくうの知ってる薫ちゃんだし。ついでにそのきっつい物言いも」
「人が気にしてることをサクッと言うな」
「どうしても見える形での証明がほしいとおっしゃるならっ」
くうは薫の着ている濃紫の単衣を引っ張った。
「この時代、貝紫の染料は希少です。その紫をふんだんに使った振袖に単衣に帯。これ、自前じゃないでしょう?」
薫の衣裳はRainy Night Moon≠フレンタルコスチュームだ。当然全て人工染料である。
この論法は薫が陰陽寮の忍装束を着ていたらイエローカードだった。
「だとしても今のあたしは藤袴だ。元の名前なんて、いらない」
薫はくうの手をふりほどき、近くの橋の欄干にもたれた。
江戸城近くの水路にかかった橋は、くうたちの井戸端会議場となりつつある。
「――、藤袴って名前、大事にしてるのね」
「まあね。師匠がくれた名前だから」
再会して初めて薫は表情を綻ばせた。ふわりと薄桜色の花が咲くようなそれ。
くうは、薫が黒鳶をどういうふうに慕っているかを、直感する。
(のどが、じ
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