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相棒は妹
志乃「絶望という言葉を気安く使うな」
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こにも無い。

 今のあいつの表情は、まさしく『無』だった。

 表情自体に何も無いという表面での話では無い。細められた目には何の色も映し出されておらず、視線を合わせただけで自分の存在を否定されているような錯覚に陥る。先程までのいつもの謎めいた雰囲気は一気に冷酷なものへと変質した。

 まるで、人が変わってしまったかのようだった。

 こうした志乃の表情を、俺は知っている。だが、これを見るのは数年ぶりだ。故に怖かった。『絶望』した目をしているこいつが何を言い出すのか。人生を『挫折』させるこいつが、誰かに対してどんな悪魔の言葉を囁くのか。


 「……あんた、将来の夢はなんだ」

 「お、俺か?」

 「あんた以外に誰がいる」

 志乃を押さえている男は、眼前の少女のドロリとした目から視線を避け、先程とは大違いの不安や畏怖が混じった言葉を吐きだす。

 「俺の将来の夢は、建築会社に就く事だった。そこで家やビルの設計を立てて実現させる。俺の描いた物を立体にして表して、人に喜んでもらう。それが夢だった」

 男は素直に答え、再び志乃と目を合わせる。が、それも長くは続かない。男が額に粒の汗を溜めている事に気付いたのはその時だった。

 「じゃあ、あんたは何でこんなことをしている」

 「それは、だな。大人の事情だ。現実ってなぁ厳しくてうざったいんだよ」

 「知ってる」

 「あ?嬢ちゃんみたいなガキが人生に絶望すんのは早すぎだろ」

 「絶望という言葉を、気安く使うな」

 その言葉に、男はおろか室内にいる全員が凍りつく。

 俺はヤバいと思った。そろそろ止めないと、面倒な事になる。

 そう思った俺は、刺又を捨てるのと同時に走り出して、男から志乃を奪い取る。男は俺の突発的な動きに逆らう事無く、その場で直立したまま動かなかった。目はどこか虚ろで、焦点があっていないように見えた。どうやら、志乃とばっちり目を合わせたようだ。

 放棄した刺又を再び手にしてから、志乃に声をかける。

 「志乃。大丈夫か」

 「大丈夫。ただ、人生をろくなものに費やして夢を追い掛ける事を止めたのに絶望だなんて事を口走った愚かな奴を殺そうと思っただけ」

 その言葉に感情は込められておらず、ただただ思った事を率直に言っているようだった。あいつの目には何も映っていない。ドライアイス以上の冷たさを放つ志乃に、俺は思わず背筋を震わせた。

 「志乃、一回落ち着け。そこ座ってろ」

 「分かった」

 俺の指示に素直に従い、志乃は通路の端に座り込んだ。とりあえずは解決といったところだろう。安心は出来ないが。

 一体どうして、このような場面でこいつはぶちキレたのか。ついさっきこいつの考えを受け
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