第九章
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「いいのね。キヨ」
奥方も彼女に尋ねた。
「貴女がどうなっても」
「はい」
「そして。これは言いにくいのだけれど」
「それはないです」
何が言いたいのかはよくわかっていた。だがキヨはそんな母親に対してにこりと笑ってこう返した。
「それは。絶対に」
「そう言えるのね」
「はい。命を大事にする明るい名前が相応しい子が生まれます」
「そうなの」
「それは私が考えることになっています」
ここで彼がこう言ってきた。
「貴方が」
「はい。男の子の時の名前も女の子の時の名前も。もう考えています」
「そうだったの」
「ですからそれは御心配なく。その名前に相応しい子が生まれますから」
「だったら安心していいわね」
「はい」
彼は頷いた。これは迷信と言えば迷信だが奥方はその言葉に賭ける気になった。名前がその者を作る、古い信仰が奥方の心の中にもあったからだ。
「では宜しいのですね」
婆やはまた尋ねた。
「お嬢様はこう仰っています。後は旦那様と奥様ですが」
「わしはいい」
主はよしと言った。
「これが産みたいというのならな。後のことは全て任せよ」
「御父様」
キヨはその言葉を聞いて目をうるまさせた。
「よいな」
「はい」
「わかりました。では奥様は」
婆やはそれを聞いた後で今度は奥方に顔を向けてきた。
「如何でしょうか」
「私もいいです」
奥方も納得してくれた。
「名前が赤子を守ってくれますから。そうですね」
「はい」
彼は奥方の問いに対して頷いてみせた。
「必ずや」
「わかりました。それでは」
それで全てであった。婆やは頷いて産婆に取り掛かった。桶と湯まで持って来られそれから全てははじまった。長い時間が経った。だがそれは若しかすると一瞬のことであるかも知れなかった。
彼は待った。キヨが産む間待つしかできなかった。できることと言えば彼女の顔をみてじっと見守ることだけであった。
「お嬢様」
「大丈夫です」
キヨはにこりと笑って彼にこう応えた。
「きっと。産みますから」
「はい」
この時彼女は産むことだけを考えていた。自分のことはどうでもよかった。命を捨ててでも赤子を産むつもりだったのだ。それは彼にもよくわかった。だがもう何も言うことはできなかった。しかし彼女を見守ることだけでもしようとそこにいた。それが彼女の為だとわかっていたからであった。
また時間が流れた。長い長い時間であった。暗い蔵の中で時間だけが過ぎていく。動いているのは婆やだけであった。
「もうすぐです」
彼女は言った。
「今頭が出てきました」
ようやくであった。婆や以外の三人は思わず息を飲んだ。
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