第六章
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りとした顔のまま頷いた。
「それで。他には何もいりません」
「有り難うございます」
有り難い言葉であった。今まで自分のことだけ、金のことだけを考えて生きてきた彼にとってははじめて聞くような言葉であった。それが何よりも心に染み入るのであった。
「これからもお願いしますね」
「はい」
彼はまた頷いた。
「こちらこそ。宜しくお願いします」
「ええ」
キヨもまた頷いた。
「本当に。ずっといて下さい」
「はい」
この時から彼は金の為ではなく純粋にキヨの為に働くことになった。それまでの義務的なものから使命的なものに変わった。彼はただキヨの為に働くようになった。
服を替える時の身体や髪を拭いたり洗ったりすることもこれまでよりずっと真剣になった。そうすれば見えるようになったのだ。キヨのさらなる美しさが。
その日の光を知らぬ身体は何処までも白かった。白い肌に対比するように髪は黒い。まるで夜の闇のように黒い。その対比が生み出すこの世のものとは思われぬ美しさにも心を奪われるようになった。そしてキヨも彼を慕うようになってきていた。ここに何かが生まれぬ筈もない話であった。
そしてその何かが生まれた。彼はキヨのところにいる時間がさらに長くなった。こうして月日は流れていくのであった。
ある時彼は屋敷の主に呼ばれた。そして問われた。
「キヨのことだが」
「はい」
彼は主の前に正座して座っていた。主もまた正座し、着物の中で腕を組んで彼と向かい合っていた。
「近頃妙に明るくなってきてはおらぬか」
「左様でしょうか」
「うむ。それまではそれ程口を利かなかったのだが」
主はいつものように厳しい声でこう語った。
「だが近頃は違う。よく話をするようになった」
「はい」
「これも御主のおかげじゃな。よくやってくれている」
「有り難い御言葉」
彼はそれを聞き恭しく頭を垂れた。
「お嬢様は素晴らしい方です。ただお美しいだけではありません」
「うむ」
主はそれを聞き満足そうに頷いた。
「心根も。本当によい方です」
「そうじゃのう、だからこそわしも妻もあれが可愛いのじゃ」
「はい」
「まことに。何故あのようにして生まれたのか」
「ところで御聞きしたいのですが」
「何じゃ」
主はその目を彼に向けて問うてきた。
「お嬢様がお生まれになった時ですが」
「その時がどうしたのか」
「旦那様はどう思われましたか」
「あの時か」
主はそれを聞いて遠い目をした。
「あの時はな」
「はい」
「わしもあれもそれなりに歳をとっていた。じゃからまさかまた子ができるとは思ってはいなかった」
「左様でしたか」
「じゃが生まれたのを見た時は。今見えていることが信じなれなかった」
沈痛な声でこう言った。
「何故赤子
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