第一章
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のがない」
私はそれを聞いた時まず首を傾げさせた。
「それは一体どういうことでしょうか」
「身体のことですわ」
老人は何かを見る目でこう語ってくれた。
「身体、ですか」
「私等はこうやって目とか耳がありますな」
「はい」
私は答えた。
「それはまあ」
「手や足も。けれどそれがない人も中にはおますなあ」
「はい」
私は頷いた。そうした障害を持つ人の話も当然知っている。そうした人達の施設にもお伺いしたことがある。多少は知っているつもりではある。
「これはそんな話なんですわ」
老人はそう前置きをした。やはりその目には何かを見ている。だがその何かがよくわからなかった。少なくとも私を見ているのではないことはわかった。
「もう遠い昔のことですわ」
老人は言った。
「本当に。あれからどれ位の月日が経ったのか」
「どれ位前ですか?」
流石に気になった。私は彼に尋ねた。
「そうですなあ」
彼は目を細めてまた何かを見た。ここで私は彼が何を見ているのかに気付いた。
彼は過去を見ていたのだ。遠い昔のことを。そして私に語っていたのだ。
「戦争より前のことですわ。少なくとも」
「戦争ですか」
「はい。あの長くて辛い戦争よりもまだ前でして」
第二次世界大戦よりも遥かに前の話であることはすぐにわかった。だがそれより前となると。もう私にはどれだけの過去のことなのか見当がつかなかった。
「私がね。爺様から聞いた話なんですよ」
「はい」
「子供の頃に。ですからもうあの戦争よりも前の戦争の話になりますな」
「第一次世界大戦の頃でしょうか」
「いや、もうちょっと前です」
彼は言った。
「日露戦争の頃の話ですかなあ。本当にそれ位の頃のお話です」
「はあ」
もう完全に遥かな過去の話だと思った。そこまでくると私の観点では歴史上の話である。既に第二次世界大戦ですら歴史上の話だというのに。祖父が満州に出生していたと言われてもピンとこない人間である。それでどうして日露戦争の頃が現実のものとわかるのだろう。人の世界の時間の感覚とは実際にその時代にいないとわからないものだ。
「その頃は今よりずっと寒かったです」
「はい」
「私の生まれたところはね。飛騨の田舎でして」
そのわりには訛りがないと思った。だがここは黙って話を聞いていた。
「何もないところでした。そして冬には雪ばかり積もって」
「そうらしいですね」
あの辺りは行ったことはないが冬になると深い雪に覆われるということは聞いている。日本アルプスのところだけに山も相当険しいらしい。
「そこの庄屋さんの話ですわ。まだそこに家があるのかまでは知らないですが」
「庄屋さんのですか」
「ええ。村で一番大きな家でしてね。大きな蔵を何個も持っておられました」
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