第1部
第1章
別れの始まり
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気持ちは、そんなになかった。母親の言葉の通り、こうでもしなければ、家族は最悪の結末を迎えていただろう。たとえ離れ離れになったとしても、生きていれば、希望は残される。心の中でこれが現状で最良の選択なのだと何度も言い聞かせた。
「お兄ちゃん、ここどこだろー? 来たことないところだねー! お父さんどこ行っちゃったのかな?」
俺らを残したまま、施設の中に消えて行った父親を待っている間に、見知らぬ場所に来て落ち着かない妹が忙しなく話しかけてくる。いつの間にか機嫌はなおっているようだ。天真爛漫というのか、鈍感というのか、このなんとも言えない妹の雰囲気に何度も救われてきた。妹の笑顔を見ていると自分たちは捨てられるのだという見たくない現実に押しつぶされそうな気持ちが緩んでいくのを感じていた。
父親が帰って来ると、すぐに俺と妹も施設の中へ連れて行かれた。施設の中の様子は、学校と似たような雰囲気だった。自分たちと同じような子がそこらにちらほら見えた。心なしか父親は、俺たちと顔を合わせないようにしているように思えた。廊下を進んだ先の行き止まりの角部屋へと入る。中には、白髪で白ヒゲを生やした物腰の柔らかそうな雰囲気のおじいさんが座っていた。
「あぁー。 君たちが、新しく来た子かい? 」
雰囲気と同じような柔らかい口調で声をかけられた。何のことか分かっていないような妹と全てを悟った兄の様子を交互に見ながら、そのおじいさんは微笑む。
「私は、この施設の管理人をしている佐治という者です。みんなからはさじいと呼ばれているよ。まぁ君たちの好きに呼んでくれて構わない。」
「それでは、私は」
そう言いながら、管理人のおじいさんと会釈を交わして、父親は部屋から出て行こうとする。
「えぇぇぇ! おとうさんどこ行くの?」
そう言って呼び止めようとする妹に、少し立ち止まって、背を向けたまま肩が震えていた。
「お父さんたちは、少し用事があって君たちとはしばらく暮らせなくなったんだよ。だからここで、お兄さんと君は暮らすんだ。わがままを言って、お父さんたちを困らせてはダメだよ。 大丈夫。寂しくないよ。ここには、友達がたくさん居るし、お兄さんも居る。しばらくすれば、お父さんが、迎えに来てくれるよ。だから、分かるね。」
状況を飲み込めず、父親のそばへ行こうとわめいている妹をなだめるように静かに落ち着いた雰囲気で言い聞かせる。父親は、振り返らなかった。そして聞こえるか聞こえないか分からないほど小さなか細い声で絞り出したように一言だけ発して出て行った。
「ーーーーーーごめんな」
まだ幼い兄妹を捨て去るように施設に預けてしまう自分の弱さや不甲斐なさ、罪悪感の全てを込めたたった一言だけを残して。
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