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八百比丘尼
4部分:第四章
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っていました」
 死ぬ前にそう思っていたということであろうか。
「それで。あの方が亡くなられた後津軽に行き。東京に戻ろうと思ったのですけれど」
「ここで立ち止まってしまったと」
「まさかここが。あの山伏だった方々が最期を遂げられた場所だったとは、と思いまして」
 またしても無常に遭ったということか。
「懐かしくもあり悲しくもあり。ここに足を止めてしまいました」
「それからここにおられるのですね」
「はい。もう暫く」
 寂しい声で答えてくれた。
「私も。もうすぐ去りますから」
「もうすぐとは」
「永遠というものは結局ないのです」
 声が更に寂しくなる。
「気の遠くなるような長い時間を生きていても。それが終わる時が来るものです」
「その魚の肉を食べてもですね」
「あの魚を食べたのは。きっと運命だったのでしょう」
「運命、ですか」
「はい。私に寂しさや無常を教えてくれる為に。神が食べさせて下さったのです」
「よかったと思われますか?」
「よかったのでしょう」
 自分でその結論は下せないようであった。
「ただ。あまりにも時間が長過ぎました」
「長い時間は不要ですか」
「人間には相応しい時間があるものです。そしてそれが終われば輪廻に身を任せる」
「その輪廻に加われなければ悲しみが待っているだけ」
「多くの別れと悲しみを見てきましたから。こうしたことが言えるのでしょうか」
「人間生きていれば絶対に別れと悲しみがありますからね」
 私は言った。言いながらまたお菓子とお茶を口にする。確かに美味いがどうもこうした場面では酒を飲みながら話をしたいと思った。御仏に仕える人の前でこう思うのは不謹慎だが。
「その悲しみを何度も何度も味わうのは地獄であります」
「長く生き過ぎるのは地獄ですか」
「人の背負える限度を越えると。何もかも地獄になります」
「悲しみの地獄」
 私はポツリと呟いた。
「私にはわからないでしょうね。申し訳ないですが」
「いえ、聞いて下さったことに感謝しています」
 優しい声で答えてくれた。
「私の。とりとめのない話を」
「いえ。お聞かせ頂いてこちらも感謝しています」
 この時私達は互いを見てはいなかった。茶と菓子を嗜みながら前を見ていた。目は少し下にあった。
「寂しいお話ですね」
「寂しい、ですか」
「はい。これからどうされるのですか?」
「最後の時間も一人で過ごすつもりです」
 彼女は言った。
「私は。他に誰もいませんから」
 同じ時代の人間は当然残ってはいない。そして知っている者達も全て先に旅立った。だから一人しかいないのであった。本当に寂しいことである。
「その方がいいでしょう」
「けれどすぐに一人ではなくなりますよ」
 私は言った。
「えっ!?」
「貴女は
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