第8騎 帰還
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つ血で染められた短剣を振り上げた・・・。私の記憶はここで打ち切られ、耳には自分で発したであろう悲鳴が鳴り続いていた。
アトゥス王国歴358年5月10日 昼
王都シャフラス 大通り
アトゥス王国軍
鉛色をした雲が、王都の空を覆っている。それはひどく重そうで、今にも落ちてくるような錯覚に囚われる。その眼で見る王都は、不思議と暗く灰色に見えた。
グシャフールスの丘で、アカイア王国南方方面軍の本隊を打ち破った。彼らは策に嵌り、エル・シュトラディールの謀略に踊らされたのだ。テリール・シェルコット率いる2万余の南方方面軍分隊が、エル達を蹂躙すると言う未来に盲信した。それ故に、グシャフールスの丘に残る本隊は油断し、寝呆けていたのだ。後背から急襲したアトゥス軍は大きな抵抗もなく、彼らを蹴散らした。秩序だった反抗もなく、彼らはただ、その丘に血を巻き散し、絶命する。
グシャフールスの丘が血で染まり、人肉で埋め尽くされた頃、アカイア兵の被害は1万強に上った。油断した所を、さらに後背から思いもよらない攻撃を受け、混乱し、組織として機能しなくなったアカイア軍は、1対6千と言う構図になったのだ。どれだけ多くの兵を抱えようとも、秩序を持ち、組織として機能しない軍は、ただの人間の集まりと言うモノに過ぎない。しかし、多くの戦死者を出したアカイア王国軍だが、その指揮官、バショーセル・トルディを見つける事は出来なかった。その点において、唯一、エルの思い通りにいかなかった。
何はともあれ、敵の脅威を拭い去ったアトゥス軍は、シャプール砦にいるヒュセル・シュトラディールと合流し、王都へと帰還した。エルがトルティヤ平原に出陣してから、14日を数えた日である。14日とは、軍事行動としては極端に短い。特に、トルティヤ平原中部、クッカシャヴィー河、ヴェイズタヤの野、グシャフールスの丘という4つの戦場を戦ったのである。その軍隊が如何に速く行軍し、どれほどまでに苛烈に敵軍を打ち破ったのかが解るであろう。後世、このエル・シュトラディールの初陣は“雷の如く、天明を駆ける”と評される。“天明”とは文字通り“天空”を射し、そして、彼の“運命”と言う意味をも含んでいた。
大通りを凱旋したエル・シュトラディールらを包んでいたのは、沈黙であった。アカイア王国軍、チェルバエニア皇国軍を退かせた彼らは、本来、大歓声に包まれていても可笑しくはない。それでは何故、彼らを迎えたのは沈黙であったのか。それは、行軍する彼らの隊列にある一つの荷車がその要因だ。漆喰で塗られたそれは、一つの長細い箱を乗せていた。それもまた漆喰で塗られ、その箱を覆うように、緑の地に金の太陽を刺繍した旗が巻かれていた。そこに、ノイエルン・シュトラディールが眠っているのである。
大通りに沿って並ぶ民は、
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