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英雄王の再来
第8騎 帰還
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出せていなかった時、一人のアカイア兵が異様な匂いに気が付いた。

「お、おい!この天幕、油の匂いがするぞ!」
その言葉が鳴り響いた刹那、宵闇に包まれる空は、重い雲で覆われているにも関わらず、彼らの頭上に無数の星が瞬いた。それは夜空に留まる事なく、彼らに降り注いだのである。

「ひ、火矢だ!計られたんだ!」
油がしみ込んだ天幕や円蓋は、瞬く間に燃え上がった。野営地は燃え盛る炎に包まれ、怒号と悲鳴、そして人間の焼ける匂いが立ち込めたのである。アカイア兵たちは、我先にその場から逃げようとした。しかし、勝気に走った大軍が柵に囲まれた場所へと入り込んだのだ、彼らは多くの逃げ惑う仲間とアトゥス軍が立てた柵に阻まれ思うように動けない。押し合い、潰し合い、踏み倒しても炎から逃げる事は叶わなかった。
 アトゥス王国軍野営地の柵の中で災厄に塗れずに済んだ他の兵たちも、味方が炎に包まれるの目の当たりにし、困惑と混乱に動揺する中、新たな災厄に塗れようとしていた。その彼らの周りで、猛々しい声が響いたのである。

「突撃!」
その声に応じて、野営地を闇に乗じて抜け出していたアトゥス王国軍が襲い掛かった。約6千3百の完全武装した騎兵と歩兵が、炎に反射する赤い刃を煌めかせて、状況に混乱し、反応に遅れたアカイア兵の血と肉片を撒き散らしたのだ。特に、敵に見つからないように重く音の鳴る甲冑を脱ぎ、軽装でいた彼らは、普段のように戦うことが出来ず、いとも簡単にその身を地に臥していく。
 戦場となったアトゥス王国軍の野営地では、轟轟と炎が燃え盛り、月明りすらない夜を煌々と照らしていた。悲鳴とうめき声、人間の焼ける匂いが充満し、吸った者の吐き気を刺激する。それはまさに、高温の炎と、高熱の大地を思い起こさせる“地獄”と、言えるようであった。そんな“地獄”の中、混乱する兵たちを押しのけ、踏み倒し、我先に逃げようとする男の姿が見えた。

「くそ、くそ、くそ!またしてもしてやられたのか、私は!どうしてだ?どこからだ?」
そんな悲鳴に似た声を、上げる。赤く燃え上がる炎と、濛々と昇る黒い煙が視界を支配する。人間であったモノが燃え、言い難い匂いが嗅覚を、悲鳴と怒号、燃えながら死んでいく人間の呻く声が聴覚を支配する。服と甲冑の隙間から高温の空気が入り込み、肌を焼く。呼吸をするだけで、喉を焼いているようだ。あまりにも熱く、吹き出る汗はすぐさまに蒸発する。

「どけぇ!」
意識が朦朧としているのか、ふらふらと目の前に現れた味方を力一杯に蹴り倒す。もはや、軍の指揮など知ったことではない。逃げなければ・・・2万の兵を借りて挑み、再び負けた。この場を何とかしようとも、本隊へ戻ればデューナー参謀長のように、物言わぬ顔を晒す事となるだろう。

「し、シェルコット総督!どこに行かれるのですか!?」
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