第8騎 帰還
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顔を俯かせ、肩を震わせ泣いている。これまでのアトゥス王国の歴史の中、王太子や王子が戦死する事はままあった。しかし、民がこれ程までに打ちひしがれた様相を見せる事は、そう多くはなかったであろう。それ程に、ノイエルン・シュトラディール王太子という人間は優秀で、優しく、聡明であったのではないか。この光景を見ながら、エル・シュトラディールはそう、答えに辿り着いた。
この時代、混迷と言えるアトゥス王国の衰退期で、民に愛された王太子は“無言の帰還”を成したのである。彼が“英雄王の再来”であると願った、彼の弟の手によって。
未明
トルティヤ平原北部 グシャフールスの丘
従卒 エーリク・キステリナル
暗闇が広がっている。物や色、心でさえも飲み込んでしまいそうな錯覚を覚えてしまう。何も聞こえず、身体を動かす事も出来なかった。これが“死”か・・そう思った。しかし、何も聞こえない筈なのに、一つの声だけが響いた。
「イェンス!こっち!まだ、生きてるわ!」
可愛らしい、素直にそう思ってしまうような声だ。それでいて、凛とした印象をも持つ。重く圧し掛かる瞼を開く。懸命に、力を振り絞って。
薄く開ける事が出来た視界には、“女神”が写った。金色に輝く、長く少し癖のある髪、絹の様に滑らかで、白い肌・・・あまりにも美しく、綺麗だった。
「しっかりして。大丈夫、もう大丈夫よ。」
彼女は、私の頭を腕で抱える。彼女との距離は一層に近づき、その眼に惹きつけられる。翆玉を思わせるその瞳は、強い意思と、優しさを感じた。顔は、同い年くらいだろうか、幼さを残している。
「ふむ、彼はまだ、軽傷と言えるでしょうか。この戦場では。ヴェイズタヤでもそうでしたが、よほど、一方的に勝敗が決したのでしょうな。何より、死体が無残であるし、戦おうとした形跡が少ない・・・・。」
まだ若い、20代ほどの若い男が駆け寄ってきた。彼の言葉には、僕を抱く彼女を敬うような物言いをする。身分の高い人なのだろうか。
「そうね、とてもひどい。敵と言えど、容赦を全く感じ得ない。これを指揮した指揮官は、きっと人の為りをした“悪魔”に違いないわ。そうとしか・・・思えない。本当に。」
彼女の瞳に翳りが写る。私を抱く腕は、少しばかり振えていた。
「この子は、お助けになるので?」
若い男が問い掛けた。
「当たり前でしょ。」
「敵・・・ではありますが?」
訝しげな表情が見える。敵・・という表現は、何を意味するのか。それを考えようと頭を動かす・・しかし、思いとは逆に意識が薄れていく。
「私は“罪を糺す”為に、行動を起こしました。王統を正すとか、正義を貫くとかそんな事を言うつもりはありません。でも・・でも、“人が人として生きて行けぬ事”など、許したくはないのです。だ
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