第一部
第一章
虚実から現実へ
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急速に覚醒する意識。虚実の世界から、意識はまたこっちの世界で……。
「……」
僅かに開く目蓋。眼球が乾いているせいか、視界がぼやける。まだハッキリしない俺の視界に飛び込んでくる、見慣れた俺の部屋。
……部屋と呼ぶには、あまりにひどい有様だけれども。
やがてレンズのピントが合うようにハッキリと映り込んでくる、焦げ茶色に劣化し、赤錆びに覆われたトタン屋根。所々には強烈な酸性雨に溶かされたトタンの穴を補修するための木の端材が打ち付けられている。隙間風もひどいが、この時期はまだいい。
重たい身体を起こすと、さっきから漂う悪臭が俺の鼻をより強力に突く。どう表現すればいいかわからない、腐臭と言われれば腐臭ともとれるし体臭とも言われれば体臭ともとれる、そんな悪臭。あっちの世界の人間が嗅いだなら、顔を歪めざるを得ないんじゃないだろうかと、それほどの異臭。外からも廊下からも隙間風に乗って、それは俺の部屋まで流れてきている。
俺が今胡坐を掻いている、古錆びたトタン製のベッドもひどいもんだ。寝ているだけで腰を痛める。暖かい敷布団や掛け布団なんてものもなく、トタンのガタガタに歪んだ板の上に体を横たえるだけ。掛け布団や敷布団のようなぜいたく品を手に入れられるような身分でもない。
見渡す部屋もボロボロの木材や布、トタン製の小物が無造作に投げ置かれていて……慣れたとはいえ、改めて見てみれば本当にひどい状況だと。
「はぁ……」
海より深いため息が無意識のうちに出る。体感数分ほど前に感じていた幸福と相反する負の感情が俺の心を支配していく。
イブ……。
夢の世界で腰を休める彼女の姿が鮮明に鮮烈に脳内を駆け巡る。イブの容姿から髪の質、仕草に性格のその全て。目の前にハッキリと映り込むように。
今日の始まり、もうくじけそうになる。できることなら今すぐ再びここに伏せて、眠りにつきたい。今すぐあっちの世界に戻りたい。
「……」
それでも現実から目を背くことはできない。どうしても俺はこっちの世界で、毎日欠かすことなくやらなければいけないことがある。唯一の希望をかけた今日の現実世界を絶望せずに生き抜くために、俺はあの世界で深い休養をとったんだ。
また、今日一日が始まる……こなすことをこなして、頑張った身体と心をまたあっちの世界で癒そうじゃないか。
「……よしッ!」
俺は一発、自分の両頬を思い切り引っ叩き喝を入れ、俺はベッドから軋む床の上に足を下ろした。階下の住人様の迷惑も、この時代には関係のない話だ。ギシギシと床を軋ませながら俺は公共の通路との唯一の隔てである布きれ一枚を手で掻き、そのまま廊下へと出た。比較的広めの廊下だが、ここも異臭がひどい。俺の部屋よりも格段に強い異臭は、ここら一帯からも漂ってくる。勝手に放置されているゴミやら食物の残りカスの腐汁が廊下に浸っているせいか
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