第一部
第一章
虚実から現実へ
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。それともろくに水も浴びれず、身体も拭けずにただ望むわけでもなく眠りにつくしかない人間の体臭のせいなのか。
俺が脇を通ろうとするたびに、死んだような目で俺を睨み付けてくる彼らは、部屋も宛がわれずに、唯一雨風を凌げる場所を這い求めてきた、低層に分類された人間の中の屑として蹴落とされた存在。何の罪もなく、上層部の人間の一存で人間としての権利を剥奪された彼らの心理状態を思えば仕方のないことかもしれないけれども、それでも気分のいいものじゃない。俺はその脇を、彼らと目を合わせないようにしつつすり抜けていく。
ひたすら長い廊下。長い長いその抜けた先に現れる、階下と階上に行き来ができる階段は、このひたすらに広く広大な集合住宅とも言えない住居群の唯一の階段だ。ここを通らなければ階層を移動することもできなければ、外へ出ることもできない。住居群の端に部屋を構える人なんて悲惨なものだ。この街の住居群の基本的な規格は幅は50m程しかないのに、長さは数kmにもなるのだから。
俺は一歩一歩、狭く古ぼけた階段を下っていく。大量の人間がここで衣食住、人らしからぬとはいえ精一杯の生の営みを育んでいるというのに、人の話す声どころか物音一つしない。
「……」
ふと、いつだかの日に俺の隣人が話していた言葉が鮮明に俺の脳裏に焼き付き、急に脳内にリフレインした。
『外に出る理由がほとんどないやつが、余計な体力を使って外に出ることに何の意味があるんだい?体力の浪費以外の何物でもないじゃないか。』
生きる目的を持つような余裕もない人間がいる。隣人との関わりすらも断絶し、人としての最小限度の生活すらも保証されないこの世界に、生きる目的を見出すことは難しいことなのだろう。
かくいう俺だって、例の世界という心のオアシスがあるからこそこの世界にもそんな希望を見出せているだけだなのだと思う。あの世界がなければ、俺もそこらで見るも無残な肢体を晒し、希望すらも見失った貧賊な民と同じだ。
やがて差し掛かった階段。鉄製だろうか。赤錆びに覆われた階段は狭く細い。照明とも呼べる照明はなく、一階ごとに備え付けられた薪木のぼんやりとした明かりだけが夜の頼りない道標で……。昼間でも暗いこの時世だけれども、この程度で貴重な薪を消費することはできない。それは今を生活している人々ならば、だれでもわかっているはずのことだった。
足を踏み外さないように降りていく、幅が2mほどしかない階段。下る間にもそこに座り込んでいたり寝そべっている人間の数は減る様子を見せない。むしろ階下に下れば下るほど、その人数は増えていく一方で階段を下るにも、足元に気をつけなければ彼らを踏んでしまいそうなほどで……。
みな、髪に髭は伸び放題。纏う布きれは薄汚れ、ボロボロにすり切れて、果ては布を纏っていない人間さえもいる。みなが痩せこけ、棒切れのよう
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