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闘ひとは
第二章
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第二章

「闘いなんだよ、これは」
「そうなんですか」
「そうさ、闘いなんだ」
 言いながらだった。そのウイスキーを一気に飲んだ。そのまま飲み干すと胃の中に熱いものを感じた。彼にとってはそれも苦々しいものだった。
 その苦い感触の中で。彼はまた言った。
「これがね」
「お酒を飲むのも闘いですか」
「酒も煙草もね。そうなんだよ」
「だから飲むんですか」
「そうだよ。今日はこれを一本空けるよ」
 彼は言った。
「それでいいかな」
「ええ、私はいいですけれどね」
 バーテンはそれはいいとした。
 そうしてだ。そのうえでこうも言うのだった。
「しかしですね」
「しかし?」
「先生も変わった人ですね」
 彼に対する言葉である。
「また随分と」
「変わってるかな」
「変わってますよ」
 バーテンは今度はいぶかしむ顔になっていた。その顔で彼に述べていた。
「それもかなりね」
「そうかもね。まあ自覚はあるよ」
「御自分でもですか」
「僕はここの生まれじゃない」
 東京の人間ではないというのだ。ここで少しばかり自嘲が見えていた。
「青森のね。随分と北の方のね」
「そこの生まれですか」
「兄さんも姉さんも一杯いたよ」
 このことも話した。
「大きな家でね。やたらと広い家だったよ」
「そこで過ごしておられたんですか」
「ここに出るまではね。ずっとそこにいたよ」
 言いながらだった。酒を飲み続ける。実際にそのボトルを一本空ける勢いだ。
「そこにね」
「それで東京に出て、ですか」
「東京に出てもう随分と経つよ」
 彼の言葉は遠くを見たものになっていた。それを見ながらまた話すのだった。
「かなりね」
「それじゃあもう東京には」
「慣れたかな。けれど」
「けれど?」
「今の時代には慣れないね」
 こう言うのである。
「戦争は終わったけれど」
「ええ」
 それは確かに終わった。東京も空襲で廃墟になってしまった。しかしそれでも戦争は終わった。それは紛れもない事実であった。
「あの戦争について今更ながらに言う人がいるね」
「何か東大の教授とか学者さんとかが色々言ってますね」
「赤旗を持ってね」
 彼の言葉はここでは感情がなかった。
「それでマルクスとかエンゲルスとか。革命とか」
「最近急に言い出してますね」
「馬鹿馬鹿しいよ。あんなもの」
 言葉が変わった。吐き捨てるものになった。
「マルクスだって!?平和勢力だって!?」
「あれは違うんですか?」
「違うよ、革命なんて全然平和じゃないよ」
 彼はそれを頭から否定していた。それを今言うのである。
「あんなものはね。平和じゃないんだよ」
「平和じゃないですか」
「そうだよ。大体だよ、あの戦争だって」
「ええ」

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