ビシュ
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っくりと『美酒』の、あたたかさを、右にいるかもしれないものに送った。それは、とても自然に、ずいぶん向こうの遠い景色に心が吸い込まれるみたいに。ため息をついた後、ずいぶん疲れていることに気が付いた。「疲れる」ということを忘れていた。まだ若いようだ。
心の隙間はどこにあるのか? なんて問題を出すのは、隙間を狙っているからで、何だか答えるのも目つきが悪くなる。ひどく疲れて、気分がよくなり、友達を誘って、店に行けば、「美酒」がある。「今度の良いの?」って訊くけど、かなり奔放な友達だから、心を許して話すことが出来ない。声がずいぶん高くて乾いていた。
「ドアノブの冷たい日は、何だかあいつが来ているような気がしてさ」
「そいつより、じっと背中を見ている人が、誰かを確認するまで、我慢するのがヤバイ」
「気にしないで。彼だから」
「誰が?」
「彼だから」
「そう」
「いったい誰だと思う?」
「誰か、分らないの?」
「何だか、自分も変わっているし」
唐木は考える。自分って、こんな人だったかな? 顔、こんなの? おっぱい、こんなに元気なかった? 肌の色、これ? この状況でこの台詞? 唐木は、ずれていることを感じて、不機嫌を出す。もともとこの女友達が嫌いなのだ。この女が嫌いなことが、少しずつ私を変えているのだと思うけれど、変えられた後の私が、不意に好もしい姿だと思い描ける。
逃げるように『美人』という名前をしげしげと見つめる。何も思い浮かばないけれど、「男だよね?」と訊いた。
「何?」
「男だよね? 美人って」唐木が言った。
「ビト? 男? うん」
『男』だよね。その言葉がひどく胸を打った。壁の方が胸を打たれた。『びじんを美人』そう言うセンスにテーブルが泣いている。『すべての変化に、便宜上の好もしさ』を感じておこうとする意思に、グラスが恥ずかしがる。
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2024 肥前のポチ