ビシュ
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「なかなか、かしこまった口調で、ありがとうございます」
煙を吐く兄さんは、愛おしくもなく、また、切なくもなく、漫然とした興味でビトを見ている。そこにあるものは、性交直前の緊張と、「どこにも逃げる事はできない」という覚悟のようである。
人間一度、汚れてしまうとひどく落ち着くものである。頭の中に一かけらの疑問がよぎるのを、「とろり」とした意識が包み込んでいる。意識というものに高さがあるのなら、上空にあるものを人に任せて、ゆっくりとベッドに寝そべるということかも。指に付いた精液を、どこにも付けないように歩き、マツタケの滴に手をあてがう。身体をキレイに洗いながら、自分の身体から滲み出る醜さを、しっかり内に閉じ込めるように心を落ち着ける。
「人間。汚れを感じたほうが、実はキレイになるのではないか? 自身の汚れを感じないまま、奔放に生きることは、かなり周りに毒をまくぜ?」
ビトは、少々攻撃的に酒の存在を想った。「すべて、吸い込みやがれ」
まだ、温かさの残るビトより大きな人が、ビトを膝の上に乗せて、どちらが放ったかは分らないが、温かい光が三人を包んでいた。ビトは右膝に、姉は左膝に乗り、意識の中に一かけらの不安もなく世の中に存在していた。そこから一歩、外に出れば、危機感のある世界。その世界で、ビトはいつもより大きな黒目で出口を探していた。今、目を閉じて、その風景を考えれば、その時の心持より余裕がある。後ろを振り返らなくとも、すねた姉の顔が見えるようだった。あのとき見た、母親と姉とビト、三人が引き寄せた、おだやかな光の、その外の世界は、ひどく冒険心をかき立て、ビトを大人にしたけれど、そのからだの奥に「これを使い果たすまでにちゃんと道を見つけなさい」そういう啓示が含まれていたことを思うと、今、自分が美味い酒を作っている事に少々気が重くなった。ビトは、しばらく風の音を聴いていないことを思い出した。その向こうに、ひどく強い風が吹く。そんな予感など感じないことが正しいかどうかなど、分らないほど無風なのだ。その風の中で、母親は眠っていた。「今、自分はその世界を作り上げた住人として存在するのか? それとも、また新しい世界に、臆病を糧にして急ぎ足で飛び込んだだけなのか?」ビトは振り返って壁を見やり、母親があの日の温かな光の世界で生き、そこを動かないことを想像し、なおかつ、動かないままどこにも行けないことを考え、ひどく不安で、また気を重くした。
なるべく見ないようにしていると、その存在はひどく気になるから、じっと酒樽を見つめては、口に先輩の酒を含んで味わっていた。舌に乗せると甘さの中に棘を刺すような刺激があり、緊張感の中で麻痺していることが分った。下の部屋の兄さんに、自分の灰色の魂が身体からすり抜けて、堕ちてゆくのを想像しながら、心臓に意識を集中した。そこから『トン
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