暁 〜小説投稿サイト〜
美酒(ビシュ)
ビシュ
[3/8]

[1] [9] 最後 最初
じた時点で負けなのだという感覚を植えつける。自分がすべてであるという感覚は総じて自分の生き方を難しくするし、世界のすべてに責任を負わなければならないという恐怖心を招く。「そう、処世術だよ」と老人は言う。「責任を負える人は素晴らしい。しかしながら、責任を負う人が、本来責任をまっとうすべき人であるかは、誰に分る」
 ビトの目の前に安楽がある。責任を負うというカッコいい姿を思い描いた結果の安楽だ。それは現実に責任を負うことのない人間の心地よさ。責任が針のように刺さる人の気持ちを考えれば、苦笑が漏れる。「良い酒を作る。恋の生まれるような奴だ」

「ビト。始めるぜぇ」
「いいの? いいよいつでも」
「軽くいこうや」
「ヘラヘラ笑ったらダメか?」
「死ぬぞ」
「酒に入るわ」
 清廉な川に入るには、何故か汚くあるべき。汚くあるべきとは、この流れに相対して、「決して勝とうと思うなよ。あほんだら」という事である。
 兄さんは、タバコを吸い、煙を吐く。その一吸い毎に、ビトに良いインスピレーションを与えると言い張る。しかしながら、ビトの心の中に、忍耐がわずかに滲む。「それは当たり前だぜ?」と、言う兄貴に少しばかりの諦めと切なさを感じるけれど、これに耐えるビトに心を注ぐまいとしているのが若いじゃないか。『根性』これ『愛だよ』とか言う人に、「疲れますね、愛というのは」と返したら、「僕、愛も恋愛も忘れそうです」と心に浮かんだまま口を歪めて付け足し笑う。
「順々に使ってゆくぜぇ。ボケ。行けコラ」
 ビトは腕立て伏せから、腹筋運動、屈伸運動、喫煙、コーヒー、ヌードグラビア観賞、と続け「つぎ何?」なんて訊くから、「アホ。頑張りすぎ」なんて言葉が返ってくる。
「チンチンいじるなよ」
「うん、臭うからねぇ」
「洗ったんじゃねぇの?」
「これをキレイだと言えるほどの不感症はいらないよね」
「酒に、入れろや」
「そやね。ピュっとね」
 ビトは想う。「これ、酒、美味くなるの? 美味くなったらスゲェな」笑う。
「俺、タバコ吸っていい?」
「アホ。未成年じゃ」
「その違反具合がかなりスリリング」
「チョコレートにしておけや」
「コーヒー飲んで来るわ」
「女、見て勃起するか?」
「そうだよ」
 ビトは部屋の一人がけのソファーに置いた、小さな酒樽を想い、そこに本当の自分が現れるのを信じている。
 コーヒーの味は、自分の魂の味らしい。彼らは黒い液体に引き込まれるように、「俺を溶かして隠し切ってくれ」そう言う。俺は疲れた魂を、砂糖とミルクでなだめて、コクコク飲めば、大人の責任をまっとうしたと言えるよね。ビトはそれを飲みながら、酒が自分の本質から遠い、雑念までを含む風味を備える事を期待する。いや、雑念と呼ぶことはやめて、遠い親戚と呼ぶ。
 高くはない梁を見や
[1] [9] 最後 最初


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ