トワノクウ
第六夜 ふしぎの国の彼女(三)
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「ま、待って!! 私のこと分からないのっ? 私、くうです、篠ノ女空。そりゃ髪と目の色は変わっちゃったけど」
くうは急き立てられて薫の腕にしがみつく。――次の瞬間に起きたことは、実際のダメージよりずっとくうを傷つけた。
「――ぃやあっ!!」
薫はくうの腕を全力で叩き落とした。
くうの喉から声が失せた。
うざい、離せ、と薫には何度も言われた。けれど本気でないと分かったし、言葉の裏の照れや恥じらいを確かに感じた。薫はくうを気持ち悪さや恐怖から拒絶したことなど一度もなかった。
だが、今の薫は恐怖に慄き、くうを凶悪な犯罪者であるかのように見ている。
双方異なる感情から押し黙る中、場の空気を変えたのは、黒鳶だった。
「帰りやすよ、藤さん」
くうと薫の間に入るように歩み寄った黒鳶に、薫は表情を弛緩させて肯いた。自分や潤以外に薫が無上の安心を向けた。
くうはもはや頭の天辺から足の爪先までブリキと化していた。木材の耳には薫と黒鳶の会話は聞こえないし、木材の目には映らない。
「では、私達も帰らせてもらう」
いつの間にか朽葉がくうの横に来ていた。そっと二の腕に添えられた体温が、くうを生身に戻してゆく。
「こいつを戻せないならいる意味もない。行こう、くう」
さらにくうを促すように、寄ってきたイタチがくうのむき出しの足をてし、と叩いた。くうは何とか足の動かし方まで思い出して、朽葉について歩き出した。
屋敷町を出て、路地を何度か曲がって、川の前に出た頃に朽葉は立ち止った。後ろを歩いていたくうも自然と止まる。
「大丈夫か?」
「え……」
「藤袴と知り合いだったんだな」
薫を指しているらしい。藤袴。川原に咲く赤紫の小さな花。およそ薫に似合う花ではない。
「同じ部の、友達です」
楽研メインボーカルの薫はそのポジションにふさわしい実力者だった。くうは薫ほど、ずっとその歌を聴き続けていたいと思わせるアマチュアを知らない。
それほどの実力者と、「音が一番合う」との理由で部内で誰よりたくさんコラボしたのはくうだった。
だからくうが誰より薫の近くにいたのに――
この世界に来たのはくうだけだと思っていた。まさか薫まで来ていて、しかも陰陽寮にいるなんて。
陰陽寮は性別性格、果ては前科も問わず異能者を集めて妖と戦わせる集団。妖と戦うというのはそれだけで相当高い腕が求められ、危険も多く死人さえ出る。――そんな危ないことを友達がしているのか。
「藤袴は……昔のことも自分のことも覚えていないんだそうだ」
くうは勢いよく顔を上げ、朽葉を凝視した。
「――、記憶喪失ってこと、ですか?」
「そうなる。『藤袴』は間に
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