第百六十四話 二兎その四
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「いや、相変わらずですな」
「幼い頃からか」
「はい、欲がありませぬな」
「こうした欲はないつもりじゃ」
己の飯やそうしたものにはというのだ。
「銭もわしだけのことを考えれば多くはいらぬわ」
「では銭や米は」
「あくまで天下の為じゃ」
その為に使うものだというのだ。
「だからじゃ」
「吉法師殿ご自身についてはですか」
「天下人としてある程度飾ったりするがな」
だがそれでもだというのだ。
「多くはいらぬ」
「左様ですか」
「かといって御主の様にな」
ここでだ、信長は今の家康の身なりを見て苦笑いになった。そのうえでこう言うのだった。
「あまりにも節約とかやることはな」
「いけませぬな」
「着ている服がのう」
見れば黄色のその服はどれだけ着ているかわかったものではない、随分と貧乏臭い感じすらする程までだ。
「つぎはぎまであるではないか」
「いや、これ位着ねば」
「気が済まぬか」
「我等の服は民からの年貢で手に入れておりますから」
「だからか」
「はい、どうにもならなくなるまで着ねば」
駄目だというのだ。
「そう思っております故」
「しかしのう」
「みすぼらしいと」
「物乞いとまではいかぬがな」
それでもだというのだ。
「大名の着るものではないぞ」
「いえいえ、ここまで節約してこそです」
「よいというのじゃな」
「はい、我等武士は」
「それが三河だけならよかったが」
まだ松平家という名だった頃だ、その頃はまだ家康も小大名であった。かろうじて三河一国を治めている程度の。
しかし今は遠江の西も治めている五十万石の立場だ、その立場ならというのだ。
「よりな」
「よい服をですか」
「折角具足や馬、槍等はよいので」
「こういったものはよくせねば」
「武家だからじゃな」
「はい、ですから」
そういったものには銭も人も使って手入れもして買ってもいるというのだ。
「ですが」
「それでもか」
「はい、服は」
「全く、御主も頑固じゃな」
信長は家康の言葉をここまで聞いて苦笑いになって述べた。
「そこでそう言うか」
「はい、その通りです」
「まあそういう御主じゃからな」
自ら質素倹約に務める家康だからだというのだ。
「家臣も民もついてくるのじゃ」
「それがしは果報者ですな」
「そうじゃな、よい家臣と民を持っておる」
まさにその二つがだ、家康の宝だというのだ。
「大事にせよ」
「わかっております、それでは」
「わしも大事にする」
信長の家臣と民達をだというのだ。
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