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亡命編 銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百二十四話 主権者
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私とミハマ大佐は動く事が出来ずにいた。委員長がジャガイモを一口食べた。私とミハマ大佐に視線を向けた。笑みが有る、凍り付きそうな恐怖を感じた。
「美味しいですね、食べないんですか」
慌ててナイフとフォークを動かした。ヤン提督とヴァレンシュタイン委員長を正視出来ない。チラチラと窺うのが精一杯だ。
「フェザーンに要塞を造るのは同盟市民を落ち着かせるという狙いも有るんです。民主共和政国家は市民の声が強い。帝国が突然同盟領に攻め込んで来るなどという事は無いのだと安心させないと……。馬鹿に煽られてヒステリックにキャンキャン騒がれると厄介ですからね」
微かにだが冷笑の色が有った。提督のナイフとフォークを握る手が強張った。挑発している?
「少し言い過ぎでは有りませんか。委員長は民主共和政国家の政府閣僚なのです。主権者である同盟市民を愚弄するかのような言葉は控えるべきでしょう」
きつい口調だった。間違いなくヤン提督は怒っている。委員長が肩を竦めるような素振りを見せた。
「なるほど、では言い直しましょう。民主共和政国家における政府と市民の関係は羊飼いと羊のそれに等しい。羊飼いは羊達を安心させなければならない。そうでなければ羊達は混乱し群れは四散してしまう。……如何です?」
ヤン提督が委員長を睨んだ。その視線を受け止めながら委員長がまた料理を一口食べた。
「やはりそうか、貴方は人間を蔑んでいる。……貴方は、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと一緒だ!」
ヤン提督が大きな声を出した。ヴァレンシュタイン委員長が笑い声を上げた。やはり挑発だ、委員長はヤン提督を挑発して怒らせようとしている。
「違いますね。私は人間を蔑んでいるんじゃありません。現実を見ているのです」
「……」
「ヤン提督、貴方こそ現実を見るべきですよ。理想に酔って自分を誤魔化すのは止めて欲しいですね」
笑い終えた委員長がヤン提督をじっと見た。男二人が正面から睨み合っている。
いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。二人とも互いの力量を認めている。でも何処かで反発しているように見えた。決裂しなかったのは帝国という敵がいたからだろう。或いは決裂する事を恐れていたのかもしれない。でも戦争は終わりを告げようとしている。決裂する事を恐れる必要は無くなった。それはヴァレンシュタイン委員長だけではなくヤン提督も同じ思いなのかもしれない。
止めるべきだろうか? ミハマ大佐を見た。止めて欲しい、そう思ったが大佐は動かなかった。私を見て微かに首を横に振ると無言で食事を続けた。大佐は徹底的にやりあった方が良いと思っている。中途半端は反って良くないと判断したのだろう。そうかもしれない、これまでは多少の軋轢は有っても決定的な破綻は無かった。でも破綻の後には何が残るのだろう……。
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