一話
[2]次話
ロスタイムメモリー
わたしは弱い人間だ。
ヒーローなんかには、なれっこない。
ただの中学生なんだから。
赤いマフラーを巻いていることが急に恥ずかしく感ぜられ、薄い鞄の中に、それを丸めて突っ込んだ。お母さんからもらった大切なマフラーは、こんな時でも温かくて、彫刻になってしまったんじゃないかと思うほど冷たくなった指先に、人の温もりを与えてくれる。
「アヤノは帰らないの?」
「え、あ、……うん。課題やってからにする」
「じゃああたしたち、先に帰っちゃうからね」
シュシュがついた腕をあげ、友達は帰っていった。
閉められた扉越しに「あいつがどんな顔するか見といてよ」と、話しかけられて、誰も見ちゃいないのに卑屈な笑顔で「うん」と言ってしまう。
最低だ。最低だ!
憤りながらも、わたしは足音が遠く去るまで、席から離れられなかった。
帰ってきた補修のプリントが、お父さんの「お前、もっとがんばれよ」の赤文字までもが、わたしを責めているように感じる。でも、仕方ないじゃん。わたし、一人で生きていけるほど強くないし……。
ゴミ箱のなかから、テスト用紙を取り出す。それは雑巾のように絞られている。解いてみると、如月伸太郎の字があった。わたしの、ちょっと変わった幼馴染。わたしの、ヒーロー。
「アヤノ、なにしてんだ」
背後で扉がガララと開き、わたしは慌ててテスト用紙をお腹に隠す。顔だけむけて「あ、ちょっと、吐きそうで」と言うと、どうやら顔色の悪さまで名演だったらしく、彼は澄ました表情をすこしだけ崩して「ケンジロウ呼んでくる。さっきいたんだ」と教室を出て行こうとする。
大事になるのは不味いと感じたわたしは、振り返る彼の袖を人差し指と親指でつまんでだ。
「いかないで」
伸太郎は振り返ると、信じられないくらい顔を赤くさせる。そんな反応をされると、わたしも、恥ずかしくなってしまう。
「あ、ああ。ほら、背中摩ってやるから、とりあえず座れよ」
椅子をもってこようと、こちらに背を向けた瞬間、わたしはスカートのゴムにプリントを挟んでしまった。
どうしよう、これ。
キャミソールタイプの肌着の向こうから、ごわついた紙の感覚が伝わってくる。
律儀に椅子を持ってこようとする伸太郎に、わたしは急に良くなったよと告げた。
「でも、大丈夫なのか。本当」
「うん。だからもう帰ろ」
わたしは学生鞄を引っつかむと、その中からマフラーを取り出した。真っ赤な色はヒーローの証だから、伸太郎の隣に立つわたしも、ヒーローなのだ。
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