禁断の果実編
第74話 その生と死
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『よかろう。それが貴様の覚悟なら』
再び透明な圧力がシドに向けられた。
「あああああッッ!!」
「シド!!」
シドが吹き飛ばされた先の岩壁が割れた。岩壁の割れ目の中までシドが吹き飛ばされる。
貴虎は今度こそすぐ立ち上がり、岩壁の割れ目へと走った。そして、割れ目の中に挟まれ身動きが取れないシドに、手を伸ばした。
「手を…っ、出せ! シド!」
「う、ぐぅ…は…っ」
シドは手を――伸ばさなかった。代わりに足を上げ、貴虎が伸ばした手の平を力一杯蹴り返した。
「なっ…!」
バランスを崩して尻餅を突いた貴虎。その拍子に割れ目に入れていた腕も抜けた。何故こうもシドは自分を拒むのか。
『その過ち、死を以て贖え』
「待っ……」
岩壁が、貴虎の目の前で、閉じた。
巨大な物が挟み合って生じた風に、黒い帽子が、舞って落ちた。
「シド、さん」
ふらり。碧沙が玉座の壇から降りて来る。足をもつれさせ、貴虎を追い抜き、岩壁に向かっていく。
碧沙の手が岩壁の亀裂に触れた。当然、そうしても岩壁が開くはずもない。シドが、出てくるはずも、ない。
すると唐突に、糸の切れた人形のように、碧沙がその場に倒れた。
「碧沙!?」
貴虎は枯葉に倒れ伏した碧沙を抱き起こした。
青い顔色だが、息はしている。貴虎は安堵の息を漏らした。
(今の光景がそんなにショックだったか。当たり前だ。人が死んだ場面なんだ。12歳の少女には重すぎる)
『自らの愚かしさに命まで捧げたか』
ロシュオの言葉に、つい睨むように彼を見返した。
「愚かな、ものか」
『ほう?』
「愚かなものか! あの男は最期まで逃げなかった。命乞いさえしなかった」
胡乱な笑みの下に、あれほどの激情を隠していたシド。求めて、求めて、求めながら散った。そんなシドを目の当たりにしたからか、シドを侮辱されたくない思いが貴虎の中で膨れ上がっていた。
シドは同志ではなかった。だが、部下であり、戦友だった。
『ならばお前も奴に殉じるか』
広がった殺界。ビリビリと肌を刺す、敵意になりかけの何か。
「……いいや。今の私にはなすべきことがある。室井君が葛葉を――人の希望を連れ帰るまで、禁断の果実を誰にも渡さない。それまでは決して死なない」
夢を担うのが咲ならば、希望を担うのは間違いなく葛葉紘汰だ。貴虎もまた信じていた。
ならばそれらの担い手が往くための道を、呉島貴虎は守ろう。
(許せ、シド。そして、凌馬。例えお前たちにであっても、譲れない)
この時、宙ぶらりんの立場だった呉島貴虎は、確かに自らの意思で、ユグドラシルに反逆を開始したのだ。
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