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赤とんぼとステーキ
第六章
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第六章

「やってやるからな」
「御前も夢があるんだな」
 周吉はあらためて勇作を見た。見ればその目は実に強い光を放っている。その光を放つ目で言葉を出しているのである。今の彼は。
「それが夢か」
「ああ、周ちゃん」
 彼を子供の頃からの仇名で呼んだ。
「頑張るからな、俺はな」
「ああ、応援しているからな」
 こう彼に告げてふと彼の顔の向こうを見ると。また赤とんぼ達がいた。
 彼等は今日も数え切れないだけ多く飛んでいた。彼等の周りと上をだ。
 その赤とんぼの中での言葉だった。今もまた。
 そんな話をしていて。今日は孫の準一郎と一緒にいるのだった。今はであった。
「なあ準ちゃん」
「何、お爺ちゃん」
「帰ったらお婆ちゃんと一緒にな」
「お婆ちゃんと?」
「ステーキ食べに行こうか」
 こう言うのである。
「ステーキをな」
「ステーキを?」
「勇作おじちゃんのお店でな」
 そこで食べるというのである。
「そこでどうだい?」
「うん、じゃあ」
 それを聞いてにこりと笑って頷く準一郎だった。
「三人でね」
「お父さんとお母さんは今日は遅いから」
 二人は共働きである。それで周吉は妻と二人で彼の面倒を見ているのである。
「三人でね」
「そういえばお爺ちゃんってステーキ好きだよね」
 準一郎はこのことを祖父に言ってきた。
「何かあるといつも食べてるよね」
「うん、好きだよ」
 孫の問いをにこりと笑って認めた。
「昔からね」
「そうだったんだ、昔からだったんだ」
「小夜子お婆ちゃんは特にそうでもないけれど」
 妻の名前も出す。
「それでもね。好きだよ」
「どうしてなの?」
「昔はお肉なんて食べられなかったんだよ」
 その昔のことを話すのだった。
「とてもね」
「お肉が?」
「そうだよ。食べられなかったんだよ」
 そのことをまた孫に話した。
「とてもね」
「そうだったんだ。お肉が」
「今ではとても安く手に入るけれどね」
 今は、である。今はオーストラリアやアメリカから輸入肉が安く手に入る。それで肉の値段もかなり下がったのである。そういう事情があるのだ。
「それでも昔はとても」
「そうだったんだ」
「とても食べられなかったんだよ」
 また言う。
「ステーキなんて。食べるものさえ困っていた時もあったし」
「食べるものも」
「そうだよ。大変だったんだよ」
 そう話していく。しかしそれは準一郎にとってはどうしてもわからない話だった。その時代に生きていないからだ。仕方のないことであった。
「とてもね」
「それでお肉が好きなんだ」
「そうだよ。今は幾らでも食べられるけれどね」
 また言っていく。
「そうじゃなかったから。世の中がそれだけ変わったんだよ」
 そう
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