第五章
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第五章
「避けられるものではない」
「向こうはそのつもりではありません」
「朝鮮半島をこのまま手中に収めるつもりです」
「朝鮮半島を手に入れられればだ」
山縣の言葉は現実の危惧だった。
「我等は終わりだ」
「そのまま日本に来ます」
「ですから」
「やらねばならん」
この危惧の要因は朝鮮半島の国家である大韓帝国の不安定さが大きかった。彼等のその露西亜寄りの事大主義がそのまま日本の脅威である露西亜を呼び込むことになっていたのだ。日本にとってはまさに焦眉の急であった。
「何としてもだ」
「そしてその為には」
「脚気を」
「森を説得するか」
山縣は一つの決断を下した。
「ここは」
「そうできればいいのですが」
ここで寺内が言った。項垂れる顔でだ。
「ですが。森は」
「あれは頑迷な男です」
桂も彼にはお手上げだといった顔だった。
「しかも非常に鼻が高いです」
「全くだ。骨が折れるな」
山縣も森のことはよくわかっていた。それで腕を組んで難しい顔を続けていた。無論彼としても続けたくてそんな顔をしているわけではない。
「あの男、困ったことだ」
「ええ、全く」
「どうすればいいのか」
彼等としては麦飯を容認したかった。しかしであった。結果は。
陸軍は日露戦争においても夥しい脚気患者を生み出した。何と五人に一人が脚気になり死者は二〇三高地での戦死者のそれを上回った。実に驚くべきことだった。
陸軍大臣の職にあった寺内は何としても麦飯を導入しようとした。しかしであった。
「脚気菌はあるのです!」
森があくまでこう主張したのである。
「食事は関係ありません。ですからなりません!」
「駄目だ・・・・・・」
森のあまりもの頑迷さに寺内も閉口するしかなかった。
「この男はどうしようもない・・・・・・」
「駄目だったか・・・・・・」
「軍医は森のものです」
山縣も桂もだった。彼等も森を説得できなかった。彼はまさに軍医の中心である。その彼だけでなく他の軍医達も森と同じくドイツ医学絶対派であり説得は無理だった。そして陸軍は夥しい脚気患者を再び発生させてしまったのだ。
陸軍の法皇とまで呼ばれた山縣でもだ。結果として無理だった。彼の力を以ってしても森を説得できなかった。
陸軍で麦飯が導入されたのは戦後である。日露戦争が終わり森が陸軍軍医総監を退任してからであった。
森の退任で山縣達は胸を撫で下ろしたかも知れない。少なくともそれ以降陸軍でも脚気は問題になることはなくなったからである。
尚森であるが医者としてだけでなく文学者、小説家としても知られている。これが森鴎外である。彼の文豪としての名声は否定できないが脚気についての話も残っている。このことについてどう思うのかは諸兄及び諸姉の
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