第一章
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老夫婦の菊
菱岡さん夫婦は結婚して五十年になる、金婚式を迎えた今も仲睦まじい老夫婦だ。
その長い結婚期間の間働き子供達を育てた。だがご主人は定年を迎えて久しく子供達も皆結婚して家を出た。
残ったのはご夫婦だけだった、ご主人はある日奥さんにこんなことを言った。
「いや、もうね」
「これ以上はよね」
「何もすることがなくなったな」
今はだ、そうなったというのだ。
「定年を迎えて子供達も皆独立して」
「この家にもね」
奥さんがここで周りを見回した、子供達がいた時は狭く感じた家も二人だけになるとやけに広く感じられる。
その家の中を見回してだ、奥さんも言うのだった。
「いるのは私達だけになって」
「寂しいな」
「そうね。何もすることがなくなって」
「どうしたものか」
ご主人は奥さんが入れてくれたお茶をちびちびちとすすりながらその奥さんに尋ねた。
「一体」
「これから」
「ああ、どうしたものか」
こう言うのだった。
「今は」
「そうね、もうあなたも定年してね」
「暫くはシルバーワークってことで働いていたがな」
定年してからもだ、簡単な仕事に就いていたのだ。ゴルフ場で清掃員をしていてそれで身体を動かしていたがこの前それも歳で退職となった。
「もうそれもな」
「働けなくなって」
「生活は出来るがな」
老後、即ち今のことを考えて蓄えていたものと年金でだ。生活は出来るのだ。
しかしだ、生きていられるだけではだというのだ。
「ただ飽きて何かを食べて風呂に入って寝る」
「今はそうよね」
「婆さんもそうだろ」
「ええ。子供達も皆いなくなって」
「たまに孫を連れて来るだけだ」
「そうよね」
そのすっかり寂しくなった家の中で話していく、窓のところから指す日差しは暖かいがかえって部屋の中にある影を際立たせてしまっている。二人にとってはその影の部分がやけに広く感じられる。
その影の部分が多い部屋の僅かな光の部分にいてだ、二人は話していく。ご主人はここでこうも言った。
「どうしたらいいか」
「何かをすればいいけれど」
「何をするにもな」
それがだ、どうにもだというのだ。
「思いつかないな」
「そうね。けれどこのままだと」
「よくはない」
それはだ、どうしてもだというのはわかっているのだ。
しかし何をしたらいいのかもわからない、そこでだった。
ご主人はとりあえずはという口調でだ、奥さんに言った。
「歩くか、外で」
「散歩ね」
「歩くだけでもかなり違う」
だからだというのだ。
「歩こうか」
「そうね、ここで何もせずこうしたことを話してばかりでも」
「よくないからな」
「町に出て歩いてね」
「そうしような」
「ええ
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