第一章
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大阪の妖怪
織田作之助は家にいる時に妻の一枝に急にこんなことを言われた。
「化けものが出るそうやで、難波に」
「あそこにかいな」
「そや、何でも心斎橋とか船場にもな」
「何や、わしがいつも行く場所やないか」
その出るという場所を聞いてだ、織田は妻にこう言った。
「それやったら道頓堀とかにも出るな」
「そうみたいやで」
「それでその化けもんはどんな奴や」
織田は妻の前に座った、そのうえで煙草を出しつつ自分から問うた。
「一体」
「何でも人の姿はしてるけどな」
「舌がべろんと出るとか人を密かに食うとかか」
「いや、そういうのやないらしいわ」
「ないんかいな」
「そうや、そういうのはないらしいで」
そうだというのだ、妻は織田に話す。
「化けもんでもな」
「それやったら安心やな」
織田は出した煙草を吸いつつ笑顔で言った、人を食う化けものでないのならとだ。彼は安心して言ったのである。
「別に何ともないやろ」
「いやいや、それがえらい気持ち悪がられてるんや」
「っていうと何すんねんそいつは」
「何でも急に出て来て急に消えるそうやで」
「煙みたいにかいな」
「そや、神出鬼没らしいで」
「成程なあ、それでそいつはどんな格好や」
人と同じと聞いても人といっても色々だ、それで彼はこのことについて妻に詳しいことを聞くことにしたのである。
「人と同じっていっても」
「うちもそこまでは知らんわ」
これが妻の返事だった、咳込みながら自分の夫に話す。
「けどや」
「出たり消えたりかいな」
織田もここで咳き込む、尚咳き込んだのは煙草のせいだけではない。二人共吐きそうになるものを抑えて話を続ける。
「そうするんやな」
「街中で人が急に出て来たり消えたりするんやで」
「そら化けもんにしか思えへんな」
織田も妻の言葉に頷いて答える。
「そんなのがおったら」
「そやな、それでやけど」
「仕事のネタになりそうやな」
織田は妻が何を言うのか察して自分から言った、このことは直感的に考えたことだった。
「実際に」
「そやろ、そやったら難波に行ってみるか」
「どんなのが出るかな」
織田は妻の言葉に乗りそうしてだった。
彼は実際に難波に出て化けものが本当に出て来るのか、そしてその化けものが実際に出たり消えたりするのかをその目で確かめてついでに小説のネタにすることにした。
それで行こうとするとだ、妻からこう言ってきた。
「うちも行ってええか?」
「何やデートしようってのか」
「そや、久し振りにどや?」
立ち上がった夫を正座したまま見上げて問う。
「そうする?」
「そやな、一人で行ってもな」
あまり面白くない、というか今さっき一人で遊んできたばかりだ。
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