日輪と真月編
彼の背に羽は無く、彼女の身は地に落ちて
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か無くても呼べない。わがままだけどさ、ずっと支えてくれてたって三人の真名は記憶が戻った時にちゃんと呼びたいんだ。大切な真名を預けてくれた時の事を思い出さないと、君達の想いを穢しちまう。だから、ごめんな」
「そう……ですか」
しゅんと落ち込む月に秋斗はどうしたモノかと首を捻っている。
真名というモノは命と同等に重い。それを安く見積もる者は切り捨てられてしかるべき。ただの名前とは違うのだと秋斗は理解を置いていた。
矜持や誇りといった他人が心に持つ大切なモノを穢す事を嫌っていた彼は、記憶を失っても変わらない……それが分かっても、月の心は少しだけ疼いた。
――それでも前のように呼んで欲しい。
些細な想いは彼には伝わらない。
隣を歩く度に、その声を聞く度に、優しい笑顔を見る度に、秋斗が記憶を無くしているとは思えず……むしろ平穏に生きる彼の姿のままであった為に、月は寂しい気持ちが募っていく。
――ダメだこれじゃ。今の秋斗さんは過去の自分と比べられるのは嫌だろうから、私も受け入れないと。
ふるふると頭を振った月は、自分の気持ちをそのままに、彼の方を向く。
「聞きたい事はなんでしょうか?」
「ん? ああ、ちょっと聞きたいんだけどさ。風が明日娘娘って店に連れて行ってくれるらしいが、ゆえゆえは行った事あるのか? 場所は東町の奥にあるみたいだけど……」
「……無い、です。風ちゃんはそのお店の事を話してなかったんですか」
「『お兄さんのような趣味を持つ人に大好評なお店なのですよー』としか言ってくれなかったな」
のんびりと喋る眠たげな少女を思い出した秋斗は苦笑を零す。自分が持つ趣味とはなんだろうと考えながら。
きっと伝えないのは彼女なりの考えがあるのだろうと割り切り、月は顔を俯けて真実を伝える事をしない。
娘娘は秋斗所縁の店であり、彼が伝えた数多の料理が客に出される最高級の店。平穏な時間によって記憶を呼び戻す為には最適の選択と言えた。
――娘娘でダメなら、やっぱり彼は戦場でしか戻れないことになる。
怯えを携えた瞳を思い出してチクリと胸が痛んだ。
月にも、直ぐに袁紹軍と本格的な戦になる事は目に見えている。
出来るなら、雛里と会うまえに記憶が戻って欲しかったが、現実は厳しく差し迫る。それでもダメならもう戻らないかもしれない、という可能性さえ見えてくるのだから。
さらには、雛里が秋斗の事を『徐晃さん』と呼び、秋斗が雛里の事を『鳳統ちゃん』と呼ぶ。その状況を思い浮かべて、月はまた哀しみが心に湧いた。
しかし沈みかける気持ちを押し上げて、月はきゅっと唇を引き結び顔を上げる……前に頭を撫でられた。
「忙しい風がわざわざ連れて行ってくれるって事は、きっとその店は俺に関係した店なんだろう
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