8-1話
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マグカップを受け取った。
湯気と一緒に香りが立ち昇って、鼻腔を刺激してきた。
ああ、そうか。 この匂い…嗅ぎ覚えがあると思った。
お母さんが一時期ハーブティーを嗜むようになって、それに付き合って飲んでいた事があったんだ。
小学生の時分で、いつの事だったか正確には覚えていないけど…この香りは覚えている。
「は、ぁ……」
緊張感が解れていく。
お湯の熱さだけじゃなくて、体の芯から暖まってくるような熱が寝起きの体に染み渡る。
胸の内にあったモヤモヤとした感情が一緒に飲め込めたような気がした。
「赤神りおん」
心中が穏やかになって気が緩んでいるところを、不意に名前を呼ばれてドキッとした。
「確かそういう名前だったわよね」
「は…はい」
「そう…アタシはむつ…ゴホン、ジェニアリーよ。 覚えてるかしら?」
何か言い直した?
それはともかく、私は勿論覚えている。
名前ではなく、その容姿と昨日の衝撃的な体験とセットだと忘れられるわけがない。
それを抜きにしても、非常事態にも関わらず自分を見失わず“芯”を保って飄々とした態度で、私を和ませそして励ましてくれた事は印象に残っている。
「はい。 あの、昨日は…」
「まぁまぁ、まずはハーブティーを飲み干してからよ。 アタシばかり質問してなんだけど、もうちょっと落ち着いてからね」
「え、いや…あの…」
「焦らないの」
強くはなく、だが決して強引ではない押しで宥められた。
有無を言わさない“凄み”のようなものを感じられて、まるで親に言い聞かされたような気分を覚えた。
訊きたい事はある。
だけど、今は宥められるがままカモミールを少しずつ飲み干して、少し間を空けた。
ハーブの効果なのか、それとも暖かい飲み物を飲み込んだからなのか、さっきよりも心の中が穏やかになった。
「……ふぅ」
「落ち着いたようね」
言われて私は醒めたような気分になった。
混乱したり、怖がったりするばかりだったけど、今は少しはモノを考える事が出来る。
「はい……まだ、今でも何がなんだか…」
「それでいいのよ。 わけがわからなくても動揺しない事、理解するのはそれからだわ」
コーヒーポットの向こうで、ジェニアリーさんが自分用のモノなのかマグカップを揺らしながらそう言った。
「異常を異常と受け入れるには準備が必要だわ。 日常に浸っていればいるほど、危機的な事に対して理解が追いつかないからね。 その上、いざ非日常に直面すれば理解を超えて感情のコントロールを失うわ」
私はその言葉に頷いた。
日和見…そう言われても当然なほどに、学生生活は平和で、危機的な事とは皆無な日常に
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