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六歌仙容姿彩
第三章
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主に向かって顔を上げた。
「何か御用で」
「うむ、そなたに渡したいものがあるのじゃ?」
「私にですか?」
「歌をな」
 黒主はそう言いながらにこりと笑った。顔は厳しいが優しい笑顔であった。
「よいか」
「字はあまり得意ではないのですが」
「まあ貰ってくれ。わしからの頼みじゃ」
「はあ」
「今からそちらに参るからな」
 そう言って漁師のところに向かった。彼がそこに来た時には漁師はもう舟から降りていた。そして黒主と正対していた。見れば精悍な顔立ちでありながら何処か知性のある趣きがあった。
「そしてその歌とか」
「これじゃ」
 黒主は懐の中からあの黒紙を取り出した。それを漁師に手渡した。
「題はないがな」
「それでもいい歌ですね」
「そう言ってもらえると有り難い」
「ではこの歌は譲り受けさせて頂きます」
「頼むぞ」
「しかし何故私にこのようなものを」
「もう収めたからじゃ」
 黒主は笑ってこう返した。笑ってはいたがそこには寂しさも含まれていた。そんな笑みであった。
「収めたと申しますと。まさかこれは」
「皆まで言うな。よいな」
 それは歌からわかった。だが黒主はそれを言うのを止めさせた。笑顔で彼を制した。
「ではな」
「はい」
 こうして彼は自分の想いを歌に収め、人に預けてそれを終わらせた。悔いはなかった。それが歌人であるとわかっていたからであった。

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