トワノクウ
第三夜 聲に誘われる狗(三)
[1/2]
[8]前話 前書き [1]次 最後 [2]次話
「おはようございます、沙門様」
「おはようございまーす」
居間に朝食の膳を整え終えると、ちょうどよく沙門が起きてきた。
「うむ、おはようさん。くう、昨夜はよく眠れたか?」
「おかげさまで夢も見ないくらい熟睡でした」
「くうが今朝手伝ってくれたのです」
答えながら、朽葉にも同じ質問をされたな、さすが師弟、と感心する(視覚情報の齟齬から同じ質問をしたのは朽葉に化けた犬神だと忘れているくうである)。
沙門が膳の前に腰を降ろす。くうも朽葉に促されて膳の一つの前に座った。
朽葉が座ったのは一際大きな碗や皿が並ぶ膳の前だった。たくさん食べるのは健康の証拠だ、うん。
「今朝は豪勢だな、朽葉」
「沙門様はここのとこずっと外を駆けずり回っているではありませんか。ですからたんと食べて精をつけてください。根菜は体力がつくんですよ」
「そりゃすまんな。ありがとう」
朽葉は頬を上気させて花のように面を綻ばせた。その表情の移ろいから朽葉がどれだけ沙門を慕っているかが窺えた。
それを考慮に入れて改めて献立を見下ろすと、混ぜご飯と味噌汁の根菜、卵、おひたしのホウレンソウに煮豆と、確かに滋養にいいものばかり並んでいる。朽葉が心から沙門の健康を案じていると主張する品々に、くうは少し気圧された。
(家族の気遣いオーラ満載じゃないですかこの朝ごはん。私なんかが食べるのってかえって申し訳ないんですけど)
愛情ベクトルが沙門一人に向いた料理と、むー、とにらめっこしていると、
「実は、味噌汁はくうが作りまして」
不意に自分が話題に上がって焦った。
「くうが?」
「あ、あの、さしでがましいことしてすみません。す、少しでも朽葉さんの、手間が省け、たらと、思いまして、はい」
朽葉が新聞の勧誘を帰らせて台所に戻るまでには形にできたし、くうが味見した限りでは普段どおりの味になったので安心していたが、いざ食べる今になってくうの味が沙門や朽葉の舌に合うとは限らないと思いついてしまい、心臓が嫌な鳴り方をしている。
「くうは料理ができたんだな」
「ち、父親が料理上手で、少し習っていますです」
「そりゃ楽しみだ。では頂くとしようか」
沙門が箸を持って手を合わせる。朽葉も沙門に倣う。くうは慌てて箸を取った。
「「いただきます」」
「い、いただきます」
口火を切ったものの、自分の作ったものが二人に食べてもらえるか心配で箸は動かせない。逆に目は忙しなく動いて、朽葉と沙門が味噌汁の碗を口に運ぶのを見守っていた。
朽葉のほうは恐る恐るといった感じで味噌汁に口をつける。その表情が変わる。
「――美味い」
「ほんとですか!? あの、具がおっきいとか切り方雑とか味濃いとかないですか?」
[8]前話 前書き [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ