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トワノクウ
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第三夜 聲に誘われる狗(二)
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 連想ゲーム的思考は朽葉へのときめきを止め、思い出の中の父親への不満が頭をもたげた。

(猛ダッシュで逃げましたっけ。篠ノ女家の3D禁止令はちょっぴり異常でした。おかげでトレンド乗り遅れて中学時代、苦労したんですからね)

 しゃもじを動かす手が少し乱暴になった。

 物言わず互いの調理に集中すると、鍋が噴く控え目な音と卵が焼ける快音と香ばしさが満ち、目の前の混ぜご飯から上がる湯気が朝日の線を浮き出した。

 静かで、それが心地よい朝。

(今日から毎日こうやって暮らせるなんて、ほんと素敵)

 期待に軽やかにしゃもじを動かしていると、快い静けさを壊す声が、玄関からした。

 ――ごめんくださーい!!

 ふり返った朽葉は怒りとも呆れともつかず、さらに脱力もまじった顔をした。

「何でしょう?」
「新聞の押し売りだ。ったく、何度も断っているというのにっ」

 朽葉は苛立たしげに菜箸を置いて台所を出て行った。

(えーと、明治でしかもこの年の新聞っていったら、柳川春三の中外新聞ですかね。()()新聞は1968年で廃止になったはずですし)

 外字新聞による外国事情の翻訳紹介とともに国内事情の報道にも力を入れた、日本人による最初の本格的新聞である。佐幕派新聞だったので一度は廃刊になるも、明治2年2月までは刊行されたはずだ。

(日本の歴史好きでほんとよかった。お父さん感謝です)

 最後の具を投入してしゃもじでご飯ごとかき混ぜて、混ぜご飯の完成だ。
 そうすると仕事はなくなり、くうは適当な場所に腰を下ろした。

「朽葉さん、遅いなー」

 新聞に限らず訪問販売はえてして長時間拘束される。夜明けが活動開始時間のお江戸ではセールスも朝から元気なのだろう。
 人間が訪ねて売るというシステムが廃れてきた現代日本では新鮮だった。

 朽葉が拘束されると、すなわち、朝食が遅れる。

 くうは立ち上がってほてほてと水場まで進み、まな板の上の野菜を見下ろした。大根、豆腐、油揚げ、長ネギ、横には味噌の壺。

(作っておいたら朽葉さんも楽できますよね)

 幸い、味噌汁なら家庭科実習のために父から習ったことがある。材料も道具も現代とさほど変わりない。
 目の前には食材と鍋。くうには経験とこの両手。

「やりますかっ」

 くうは腕まくりをして作業に取りかかった。



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