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トワノクウ
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第三夜 聲に誘われる狗(一)
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 すると目の前にいたほうの朽葉が急に笑い出し、ふわりと庭にとび降りた。

 どろん、と。らしすぎる効果音と煙が立つと、そこにいたのは朽葉のそっくりさんではなく、

「ほえー……」

 見上げるほど巨大な犬だった。

「貴様、この私に化けるなどどういうつもりだ! 犬神!」

 朽葉は犬神と呼んだ獣に対して怒鳴る。巨大な体躯にも一歩も引かない。

『話をしてみたかっただけだよ。彼岸人に関わってろくな目に遭って来なかったろう。前の奴らのように質の悪い娘だったら困る。そうだろう、私の可愛い子』

 女の声だ。この犬の性別は雌らしい。

「良し悪しに関わらず、くうに関わると決めたのは私だ。貴様が要らぬ心配をする必要などない」
『また泣くことになってもかい?』
「愚問だな。私が奴らと離れて涙した日が一度でもあったか? ないだろう。分かったらさっさと戻れ」

 犬神は笑うように牙を覗かせて口角を上げると、再びどろん、と音と煙を立てて消えた。

「まったく! 油断も隙もない。許可なしに意識を乗っ取りおって。人が少し態度を緩めるとこれだからっ」

 朽葉の怒りの内容はくうにはよく分からないが、剣呑な単語が混じっていたので、朽葉に直接聞く勇気が湧かなかった。

 ひとしきり怒った朽葉の目がくうと合う。くうは何を言うべきか分からず戸惑った。

 ――あの大きな犬もあの鵺や夜行のような妖怪ですか? 妖怪がなぜ朽葉さんを大切にしているような発言をするんですか? 私が朽葉さんを心配させるような何かをしましたか?

 ――疑問はどれも言葉の形にならない。

「あのな、くう」

 朽葉は観念したように、腕を組んで少し顔を逸らした。犬神との関係を言うのだろうが、朽葉が好んで言いたいのではないとくうにも容易に知れた。

「私は犬神――」
「あ、あの!!」

 くうは急いで朽葉の言葉を遮った。

「い、言いにくいこと、なら、無理に言わなくていい、と思います。無理に知りたい、とか、私思ってませんから、その、だからっ」

 いつもはすらすら出てくる言葉が今に限って出てこない。

「朽葉さんがイヤなことなら、イヤイヤ言ってほしくないというか……」
「――、ありがとう」

 はっと泳いでいた目を朽葉に戻すと、朽葉は朝日に透けるような微笑みを浮かべていた。

 礼など言わないでいいのに。くうは伝えたい気持ちの半分も伝えられていない。朽葉の心に届く言葉を言えていない。
 そんな無様な結果に、そんな素敵な笑顔でありがとうなんて、もったいなくて切ないのに。

「今、朝飯を作っていたところだ。あれに中断されてしまったがな。もう少し待ってくれ」

 踵を返した朽葉に、くうはぴったりと追随する。


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